第8話:日常への罠と迷い道結界
私は夢にまで見た生活を手に入れた――優しい妻、可愛い娘、風のない湖のように穏やかで美しい日々。
朝は美咲が丁寧に炊いたご飯の香りで目覚め、舞花がランドセルを背負って「いってきます!」と元気に家を飛び出す。小さな幸せが、毎日を満たしていた。
だが、天女様は私を放してはくれなかった。
常に見えない危険が身の回りに潜んでいた。
一瞬でも油断すれば、牙を剥き、命を狙ってくる。
この一ヶ月だけで、暴走車に何度も遭遇し、頭上から重い物が落ちてきたり、突然マンホールの蓋が外れていたりした。
どれも、表向きは不運な事故で片付けられるものばかり。町内会の掲示板には「事故多発注意」と手書きの紙が貼られ、近所のおばちゃんたちが「最近怖いわねえ」と噂していた。
これらの危険を避けるのは難しくなかったが、修行者であることを隠しながら切り抜けるのが難しかった。
さもなければ、さらに上位の者を送り込まれ、最悪の場合、天女様本人に目をつけられる。
それこそ、本当の危機だ。
ある日、仕事帰りに近道をした私は、不注意にも「迷い道結界」に入り込んでしまった。
神社裏の竹林に差し掛かると、辺りの空気が急に重くなった。どこからか風鈴の音が聞こえ、ひんやりとした霊気が漂っていた。竹林の湿気が肌にまとわりつき、幽霊の衣擦れ音が静かに耳に残る。
しかも、閉じ込められた途端、髪を振り乱した女の幽霊たちが取り囲み、今にも噛みつかんと襲いかかってきた。
白装束を纏い、足元が宙に浮いている女たち——その顔はどこか悲しげで、恨みの色が滲んでいた。
一目で分かった――ただの下級霊、せいぜい初級の力だ。
だが私は、あえて慌てふためいたふりをした。
振り返って逃げ、わざと転びそうになりながらも、結界の要点を正確に踏んでいく。
いわゆる迷い道結界とは、陣法の一種だ。
竹林の地面には、うっすらと不思議な図形が刻まれていた。修行者なら一目で見抜ける仕掛けだ。
数手で陣を逆転させ、幽霊たちを逆に閉じ込め、自分は無傷で脱出した。
もちろん、実力を露呈することはなかった。
それ以来、私はさらに用心深くなり、天女教に隙を見せなかった。
すると、周囲の事故は激減した。
だが、信者たちが諦めたかと思った矢先、彼らは家までやってきた。
「信者・尚人よ、あなたが天女様から新たな命を授かったことを忘れたとしても、天女様はあなたを忘れはしません。」
「天女様は慈悲深く、迷える魂をも愛してくださいます。」
「あなたが神社に来ないのなら、天女様が自らご自宅へおいでになるのです。」
リーダーが微笑みながらそう言った。
その言葉が終わると、屈強な男たちが天女様の像を私の家に運び込んできた。
玄関の靴箱の上に鎮座する天女像。その木彫りの体には漆が塗られ、置かれた瞬間、家の空気がひやりと冷たくなった。家族は一瞬声を失い、美咲も舞花も無言で像を見つめていた。その無表情な顔が、今にも私を睨みつけるようだった。
——静かな日々の終わりを、私は肌で感じていた。
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