第1話:剣士の誇りと孤独
私はかつて、九州で最も偉大な剣士だった。
だが、誰よりも強くなるほど、誰よりも孤独だった。誇り高き心の奥に、常に隙間風が吹いていた。薩摩の山間で己を鍛え上げた剣の道は、静かな朝霧に包まれ、遠くでホトトギスが鳴き、竹林を渡る風が耳元をかすめていく。幼い頃、父に手を取られ、初めて竹刀を握ったあの日の感触が、今も鮮やかに指先に残っている。
天の門を開き、昇天するのは容易なことではなかった。しかし、私がようやく昇天したその瞬間、天界で暴れる猿の武神――まるで伝説の大天狗のような存在――に遭遇した。
その光景は、まるで絵巻物の中に迷い込んだかのようだった。雷鳴が轟き、雲の裂け目から閃光が走り、空気には火薬のような匂いが漂っていた。猿神が空を駆け、雲を割る姿は、幼い頃に祖母から聞かされた昔話そのもの。思わず息を呑み、足がすくむほどの迫力だった。
彼は三つ目の武者と激闘を繰り広げており、その衝撃波で私の魂は粉々に砕け散った。
あの刹那、天地が逆転するような眩暈に襲われ、私の意識は一瞬で闇に呑まれた。
再び目を開けたとき、すべてが変わっていた。
薄暗い雲が流れ、風の音すら遠ざかる。まるで別世界に投げ込まれたような感覚だった。
「大黒天女」と名乗る不気味な老婆が、私の命を要求してきた。
老婆の声は、深夜の神社で聞く巫女の祝詞のように不気味に響き、背筋がぞくりと冷えた。彼女の着物には、時代がかった家紋が刺繍されていた。
私は笑った。
唇の端が自然と吊り上がり、心の奥で自嘲の声が響いた。こんな状況でも皮肉な微笑みを浮かべる自分が、どこか滑稽に思えた。
天狗の如き存在にも敵わなかった私が、お前のような小賢しい悪霊ごときに、果たして剣を抜く価値があるのか?と。
老女の目が一瞬細まり、私の言葉を静かに受け流したように見えた。