第4話:恩返しと復讐の誓い
社長室を出て、怒り心頭だった。仕方なく、まずは5万円だけでも精算しようと思った。クレジットカードの支払いもあるし、食費も必要だ。給料はすべて出張費で消え、完全に金欠だった。
(財布には千円札が一枚だけ。帰り道のコンビニで、おにぎりとカップ味噌汁を買うか、それとも明日の昼まで我慢するか、真剣に悩む始末。)
4回目の挑戦で、ようやく経理が申請を受け取ってくれた。山本さんは相変わらず無表情で、「斎藤マネージャー、やっと正しい申請書になりましたね。これで財務規定を守れるようになったんですね?」
(わずかな皮肉が混じったような言い方。机の上のペン立てがカタリと音を立てた。)
もし余裕があれば、張り倒してやりたい気分だったが、必死に冷静を装い尋ねた。
(両手を膝の上に置き、ゆっくりと頭を下げて声を整える。ここで感情を爆発させたら、すべてが水の泡になる。)
「ありがとうございます、山本さん。いつ支払われますか?」
「早ければ、来月の給料と一緒に振り込まれます」
(経理部のパソコン画面には、支払い予定の一覧表が並ぶ。山本さんの声は淡々としているが、その先にある自分の生活がどうなるかまでは、気にも留めていないようだった。)
でも、もう月末だ。来月の給料は中旬まで支給されないから、実質2ヶ月近く待たなければならない。呆然とした。今月の給料もカード返済に消え、もう本当に一文無しだった。
(昼休みに弁当を買うのもためらわれる。自販機のコーヒーすら高級品に感じてしまうほど、追い詰められていた。)
「山本さん、少しでも早く振り込んでもらえませんか?本当にお金がないんです」
「斎藤マネージャー、それが精算の流れです。伝票の確認や会計処理が必要なので、これ以上早くはできません」
(『流れ』、『決まり』、『規則』…何度聞いても納得できない。人の生活や命が懸かっているのに、ただの手続きで片付けられる悔しさ。)
流れ、流れ、流れ。こんな手順、誰のためにあるのか――結局、私たちを苦しめるだけじゃないか。
(ため息をつき、天井を見上げる。会社の蛍光灯が、やけに冷たく感じた。)
妥協して、「山本さん、今月分の給料を前借りできませんか?本当に食費もないんです」と頼んだ。
(「情けない」と思いながらも、もうプライドを捨てて頼るしかなかった。山本さんは書類の山を一瞥し、ゆっくりと頷く。)
やっぱり同じ答え。「社長のサインがあれば、すぐに前借りできます」
「山本さん、私の立場も考えてくれませんか?半年以上も会社のために自腹を切り、給料も貯金も全部出張費で消えました」
無表情のまま、「社長のサインがあれば、すぐに前借りできます」と繰り返すだけ。
もはや山本さんはロボットなんじゃないかと疑い始めた。毎回同じ、「社長のサインがあれば、やります」
(無機質な返答。ふと、山本さんの横顔を見つめてしまったが、その目はどこか遠くを見ているようだった。もしかしたら、山本さん自身も会社の規則に縛られて苦しんでいるのかもしれない、と思ったが、やっぱり納得はできなかった。)
仕方なく、また社長のもとへ。
(社長室の前で、深く一礼。「失礼します」とだけ言ってドアを開ける。もう何度目だろう…数える気力も残っていない。)
今度は断られなかった。「斎藤、給料の前借りは会社にとってもコストがかかる。銀行に預けておけば利息が付く。そのお金が必要で、食費もないなら、見捨てるわけにはいかない。でも、身内でも帳簿はきちんとしないと。利息分は負担してもらう。5万円を前借りで認めるが、利息5%だ。だから実際に渡せるのは47,500円、2,500円は利息分だ」
(社長は金利計算だけはやたらと得意だった。渡された明細にはきっちり利息分が記載されている。こっちが半年も立て替えた分の利息は一切考慮されないのに…と、苦笑が漏れた。)
資本コストは計算できるくせに、こちらが半年も立て替えている分の利息は考えないのか?
(机の上の電卓を無意識に指で叩きながら、自分がどれだけ損をしているか、頭の中で計算してみる。虚しさが募るばかりだった。)
もう本当に呆れ果てた。最初から最後まで、まるでバカにされた気分だ。働くために金を払っているようなもの。食費すら尽きかけている自分が情けなくて、「ありがとうございます、社長」と言うしかなかった。
(頭を下げながら、悔しさと惨めさで胸がいっぱいになった。会社の廊下に出ると、窓の外には夕暮れのオレンジ色の空が広がっていた。明日は少しでも、何かが変わっているだろうか――ふと、そんなことを考えた。廊下には自分の靴音だけが響き、自販機の前で缶コーヒーを買うかどうか、数十円を握りしめてしばらく悩んだ。)
「礼はいらん。しっかり働いて会社に恩返ししてくれ」
(その言葉が、胸にぐさりと刺さった。恩返し?冗談じゃない、必ずいつか、この借りは返すと心に誓った。)
恩返し?覚えておいてください。必ず倍にして返しますから。
(その夜、眠れぬまま天井を見つめていた。どこかで歯車が変わる音が、かすかに聞こえた気がした。)