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会社に踏みにじられた出張精算 / 第1話:規則の壁と絶望の伝票
会社に踏みにじられた出張精算

会社に踏みにじられた出張精算

著者: 熊谷 慶


第1話:規則の壁と絶望の伝票

出張費の精算を申請しに行ったとき、経理部の山本さんは顔も上げずに伝票を突き返してきた。

(背筋をピンと伸ばし、山本さんの前に立つ。事務机の上には、几帳面に積まれた伝票の山。その視線はパソコン画面に釘付けで、申請書を押し返す手つきも、どこか慣れきって無機質だ。まるで役所の窓口に立たされたような、あの独特の気まずさが漂う。)

「新しい会社の規定です…大都市での宿泊費は1日7,000円、食事は1,000円まで。それ以上は…すみません、でも…」

(山本さんの声には、どこか戸惑いと申し訳なさが混じる。それでも感情は表に出さず、背後のコピー機が低く唸る音だけが妙にオフィスに響いていた。)

「山本さん、私、東京に行ったんですよ!カプセルホテルみたいな格安でも、最低1泊8,000円はします。7,000円で泊まれるなら……駅のベンチで寝ろってことですか?」

(前の出張で終電を逃し、駅のベンチで一夜を明かしかけた記憶が蘇る。あの冷たさと心細さは、もう二度と味わいたくない。東京のホテル相場なんて、誰だって知ってるはずなのに…田舎のビジネスホテルじゃあるまいし、と心の中で呟いた。)

「それは私の問題じゃありません。社長の決まりですから…」

(山本さんは一度も目線を合わせない。伝票の端をぴしっと揃えながら、曖昧な語尾で言い切る。その無機質さと事務的な仕草が、かえって胸に突き刺さる。)

手元の伝票の束を見つめた。合計で35万円、半年分の給料を自腹で立て替えていた。カードも限度額いっぱいまで使い切って、なんとかやりくりしてきたのに、もし精算してもらえなければ、食べるお金すらなくなってしまう。

(どこか遠くで、オフィスの電話のベルが鳴っている。財布に残る小銭を数え、今日の昼食をコンビニのおにぎりで済ませた自分が情けなくなる。家族には絶対に言えない。自分の苦労が全て紙一枚で否定された気がして、思わず唇を噛みしめて視線を落とした。)

会社のためにここまでやってきたのにと、わずかな希望を抱いて社長のもとへ行った。だが、社長はすぐに言い放った。

(社長室の重たいドアをノックし、一礼して中に入る。机の上には分厚い契約書の山、応接セットの座布団は少しずれていて、古い湯呑みには茶渋が残っている。窓から差し込む西日の色が、部屋に淡い季節感を添えていた。社長は新聞を広げたまま、顔も上げず、こちらの話を聞く気配すらない。)

「もう言っただろう、規則だ。俺に言っても無駄だ」

(短く、まるで判決を下すような言い方だった。何も期待しなければよかった――その後悔が胸を締め付ける。)

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