雪解けを待つふたり、帝都の灯が揺れる夜に / Chapter 4: 第4話:八文字の手紙と二着のコート
雪解けを待つふたり、帝都の灯が揺れる夜に

雪解けを待つふたり、帝都の灯が揺れる夜に

著者: 岡本 圭


Chapter 4: 第4話:八文字の手紙と二着のコート

彼の隠された愛情も、心の底の期待も、この短い言葉に込められているのだ。誰にも迷惑をかけない形で、彼は私を案じていた。

前方では多くの婦人たちが集まり、賑やかに何かを抱えて誰かに託しているようだった。麻紐で結ばれた包みが、雪の光を受けて淡く光る。

千代が見て、「寒くなってきたから、みんなウールのコートや手編みのマフラーを作って北の旦那様に送るのよ。北方はどれだけ寒いか分からないけど、柊様は薄着で行ったし、今頃きっと凍えてるわ。他の人には防寒着があるのに、彼だけないなんて、かわいそう……まあ、彼はきっと慣れてるんでしょうけど」と言った。言葉の端々に、私への静かな非難が散っていた。

千代の言葉は全て暗に私を責めていた。以前は気づかなかったが、いや、気づいていたけど、気にしなかったのだ。心を閉じれば、誰の声も届かない。

私は突然、自分がひどい人間に思えた。胸のあたりがじんわりと重くなり、足元の雪が急に冷たく感じられた。

「もういいわ、千代。柊様に既製のコートを二着買って送ってちょうだい」

今から縫うのは間に合わないが、彼はきっと手作りかどうかは気にしないだろう。あるだけで十分だ。必要なときに必要なものが届く、それだけで救われる夜がある。

千代は目を瞬かせ、信じられない様子だったが、すぐに力強く頷いた。「はい、お嬢様!あ、手紙も添えますか?」

私は彼に一度も手紙を書いたことがない。ずっと冷たくしてきたのに、急に気遣う手紙を書いたら、変に思われないだろうか。臆病な自尊心が首をもたげた。

まあ、書いてみよう。迷いが、ペン先に落ちては消えた。

私は郵便局に入り、便箋と万年筆をもらい、しばらく悩んだが、何を書けばいいか分からなかった。窓の外を眺めると、いつの間にか大粒の雪がしんしんと降り、人々の賑わいに混じっていた。電信柱に雪が積もり、鐘の音が遠くで揺れていた。

もうすぐお正月だ。帝都の空気はせわしなく、どこか華やかだった。

前世では、柊征二は年末に帰ってきた。

だが私は彼に冷たく、仏壇の前で祈り、顔を合わせようともしなかった。寒い部屋で背を丸め、彼の気配を締め出した。

大晦日、彼は私を誘いに来たが、私は邪魔だと冷茶を浴びせ、部屋を閉ざした。茶の水面に映った自分の顔が、見たくないほど冷たかった。

彼は雪の積もる庭を見つめ、髪に霜をまとわせて立ち尽くしていた。新年の除夜の鐘が鳴り終わるまで、独りごとのように「小夜子、新年おめでとう。今年もこうして、新しい季節を迎えられますように」と呟いた。声は風に紛れ、庭の白に溶けた。

それ以降、彼は二度と私を訪ねず、北方へ戻る日も千代に「お嬢様には知らせなくていい、静かにさせてあげて」と言い残していった。彼は私の壁を尊重して、遠くに立ち続けた。

あの日々を思い返すと、私は本当に心が石のようだったと痛感する。自分の冷たさが、彼の孤独を作っていた。

私はそっとため息をつき、八文字を書き記した。

「年の瀬近し、君の早き帰りを待つ」表情より先に、心が柔らかくなった。

手紙とコートを送り出すと、千代は嬉しそうに「柊様が受け取ったら、きっと喜ぶわ」と何度も言った。彼女の声が、私の胸を少し軽くした。

彼が本当に喜ぶかどうかは分からない。今はそれどころではなく、父の冤罪を晴らすことだけが頭にあった。前世で父を告発した者たちを調べ、密かに監視したが、何の手がかりも得られなかった。

事態は行き詰まった。寒さより、停滞のほうが骨に染みた。

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