第7話: 空港の別れと私の荒野へ
S市を離れた私は、東京には戻らなかった。会社に海外赴任のチャンスがあり、これまで迷っていたが、
今は全てを片付けて、思い切って応募し、無事に面接に合格した。スーツケースの中身から、余分なものを少しずつ抜いていく。
待機の二ヶ月の間、友人から「健也が私を探し回っている」と聞いた。私が海外に行くと知って、しばらく落ち込んでいたらしい。
同じ業界なので、私の動向を知るのは不思議ではない。ただ、彼がどこのベッドで落ち込んでいるのかは知らない。もう、興味もない。
うるさくて仕方がないので、
私はすでに彼の連絡先を全て削除していた。履歴は空白になり、心も少し軽くなった。
だが、出国の日、彼は空港で私を待ち伏せしていた。どうやら、私の出張アカウントが彼のタブレットに残っていたらしい。最後の繋がりが、彼の手を導いたのだろう。
彼は明らかに痩せていた。頬の線が鋭くなっている。
私はスーツケースを二人の間に置き、腕時計を見た。「最大で十分。話があるなら早くして。」
彼は悲しそうな顔で、戸惑いを滲ませていた。しばらくして、やっと一言。「美緒、君がいないとダメなんだ。」
私は眉をひそめた。「意味のないことを言うなら、もう行くわよ。」
私が歩き出そうとすると、彼は慌てて止めた。「美緒、行かないで。出国なんてしないで、結婚しよう。本当に自分の間違いに気づいた。八年も経って、もう愛はないと思っていたけど、東京の家に戻ったら、あちこちに二人の思い出が残っていて、君がかけがえのない存在だと気づいた。莉奈とはもう連絡を断った。あいつは狂ってる。八年の付き合いに免じて、もう一度チャンスをくれないか?」
目の前で下手に出る彼は、もはや見知らぬ人のようだった。頼るような目は、昔の彼と似て非なるものだった。
八年の恋は確かに長い。だが、情熱は一瞬で消えるものではない。火は、風が吹けば形を変えるだけだ。
私は静かに彼を見つめた。「健也、もし八年前、二十二歳の君がここにいたら、私にどうしてほしい?」
彼は呆然とし、目が遠くを見ていた。空港のアナウンスよりも遠い場所に、視線が落ちていた。
二十二歳の健也は、意気揚々と私にこう言った。「美緒、人生なんてさ、線路じゃなくて荒野だよ。一番大事なのは、楽しく生きることだろ。他人のために生きるなんて、意味ないしさ。誰かに裏切られたら、もう二度と傷つかないようにしなよ。もし、いつか愛がなくなったら、潔く別れて、それぞれ自由に生きようぜ。」
搭乗アナウンスが鳴った。電子音の列が、時間を切り取る。
私はサングラスをかけ、スーツケースを引いて彼の横を通り過ぎた。足取りは迷わず、軽い。
彼はその場に立ち尽くし、目を赤くしていた。何かを言いたそうな口が、閉じたままだった。
さようなら、健也。
私は私の荒野へ飛び立つ。誰かのための地図じゃなく、私のための風向きを選ぶ。
さようなら、暗い隅で泣いていたあの少女。
おめでとう。泥の中から這い上がってきた。もう、風雨を恐れず、愛されるのを待つこともない。自分で歩き、自分で選び、自分で生きる。










