第5話:愛という名の鎖
美織は何か言いたげだったが、私は手を振ってタクシーを止めた。
その夜、私は深夜まで待ったが、美織は帰ってこなかった。
彼女から寝る前に二通のメッセージが届いただけだった。
【今夜は帰らないわ。あなたも冷静になって。私は絶対に離婚しないから】
【いろんなことはあなたが思っているようなものじゃない。私はあなたを愛しているし、あなたも私を愛していると信じてる】
愛?
私は苦笑して顔を覆った。
張り詰めていた糸がついに切れた。
彼女も分かっていたのだ。私が彼女を愛していることを。
私が彼女のためにこの世界に残ったと知っていながら、それでも裏切りを選んだのだ。
だが、残念ながら、人の脳はハードディスクではない。
頭がぼうっとしても、リセットしたからといって感情がすぐ消えるわけじゃない。
真実を知っても、すぐに彼女への愛を引き戻すことはできなかった。
だから、苦しみながら夜を過ごすしかなかった。
あまりに心身ともに疲れ果てたのか、翌朝目が覚めると、私は熱を出していた。
私は佐久間秘書に電話し、今日は家で休むと伝えた。
佐久間は了承しながらも、何か言いたげだった。
「言うべきか迷いましたが、社長、昨日同僚が何枚か写真を撮って……」
私は彼女の言葉を遮った。「送ってくれ」
彼女はほっとした様子で、すぐに写真を送ってきた。
……
夕方になり、美織がようやく月明かりの下、帰宅した。
彼女は私の体調の悪さにも気づかず、ただ「今日は会社の用事で少し遅くなった」と説明した。
「会社の用事?それとも悠斗の用事?」私は皮肉げに笑った。
美織はまるで尻尾を踏まれた猫のように、「総司、あなたはどうしてこんなふうになったの――」と言いかけて止まった。
私は携帯を彼女に投げた。
画面には佐久間が送ってくれた写真が映っていた。
昨日、私が苦しんで倒れそうになっていた時、彼女は悠斗と一緒にインテリアショップを回っていた。
美織はしばらく言葉に詰まり、無理やり親しげに私の腕を取った。
「総司、悠斗は国内に友達がいなくて、継母も家に戻るのを歓迎してくれないから、新しい部屋を借りてリフォームしてるの」
私はうなずいた。「でも、それが君と何の関係があるの?」
美織はため息をつき、私の顔を両手で包んだ。
「悠斗は小さい頃から私と一緒に育った、兄みたいな存在なの。数年前、彼が行き詰まった時に私に助けを求めてきて、見捨てるわけにはいかなかった」
「もちろん、あなたに隠れて連絡を取っていたのは私が悪い。でも本当に何もやましいことはなかったの」
「総司、おとなしくしてて。彼が数日で落ち着いたら、私はもう二度と会わないから、いい?」
美織は期待に満ちた目で私を見た。
だが、私は首を横に振った。
「よくない」
私は外聞を気にする人間であるだけでなく、筋を通す人間でもある。
私の中では、百点かゼロ点しかない。
かつては彼女が百点だったから、敬い、愛していた。
だが今や、彼女はゼロ点しか残っていない。
ゼロ点の女とやり直すことなどあり得ない。










