第6話:東野家の娘を名乗る理由
夜。障子の外に、雨の気配。
双葉は寝返りを打ち、眠れない。枕の位置が三度変わる。
私はわざと話題を振った。「亡くなった令嬢も東野姓だったそうね。この姓は珍しいけど、知ってる?」柔らかく、鋭く。
双葉は驚いた。「まさか。私みたいなのが令嬢を知ってるわけ……」否定は反射的だ。
「令嬢もスラム出身だったじゃない。」出自の線は、思ったより短い。
双葉はしばらく口ごもった。言葉が喉で絡まる。
「あなた、本邸に入ったのは親戚を探すため?一緒に美味しいものを食べて飲もうと思ってたのに。」軽口で、重い話題を包んだ。
双葉は布団に潜り込んで回避しようとした。布団は、現実から逃げる最古の方法だ。
私はしつこく近づいた。しつこさは、私の美徳だ。
ついに彼女は振り返った。目に、覚悟の光。
「美味しいものを食べて飲みたいなら、方法があるわ。」現実的な提案だけが、彼女の得意技だ。
「どんな方法?」
「松島さんはとても良い人……」彼女の基準では、恩は事実の一部だ。
彼女は私に、松島さんと親しくなれと言い、東へ逃げていた頃の話をたくさんして、身分を作り上げた。
「東野家の次女で、幼い頃人買いにさらわれ、後に身元を知り、令嬢を頼って本邸に来たと伝えなさい……」物語は、扉を開ける鍵になる。
「うん。」鍵は軽いが、扉は重い。
「しっかり覚えて。これからの生活はそれにかかってるのよ。」彼女は私の怠惰に、命綱を結んでくれる。
「本当に大丈夫?」私は常に、疑いと好奇心の間に立つ。
「大丈夫。言う通りにして。」その声には、何度も失敗してきた人の強さがある。
「私がいなくなったら、あなた一人でどうするの?」彼女の心配は、私の笑いを少しだけ浅くする。
彼女はあくびをして「あなたのことが片付けば、私も心配がなくなるわ」と呟いた。眠りに落ちる直前の声は、いつも本音だ。
彼女は眠りについた。寝息は静か、心は忙しい。
だが私は一晩中、頭を抱えて眠れなかった。面白くなり過ぎたからだ。
翌日、亜美の容態は安定し、発作もなく、ただ昏睡していた。静けさは、嵐の前にも後にもある。
松島さんは明らかに機嫌が良く、私たちに「何か褒美が欲しいか」と聞いた。笑顔の後ろに、測る目があった。
双葉はすぐに私を押し出した。「松島さん、実は彼女は親戚を探しに来たのです!」計画通り、口火を切った。
「……」空気が一瞬、重くなる。
松島さんは微笑んだ。「ご家族と離れ離れになったの?」口調は優しいが、目の中は冷たい。
私は大声で「松島さん、私は東野家の次女です!」と答えた。勢いで、迷いをごまかす。
松島さんの笑みは凍りついた。冷たさが、顔に降りた。
彼女は私を離れの部屋に連れて行き、尋問した。畳に座る角度まで、冷静に計算されている。
双葉がくれた情報は間違いなく、何度も確認した末、ようやく納得した。彼女の根気強さが、嘘を事実に近づけた。
「どうやら本当に東野家の娘のようだ。」言葉の重さが、ここで少し動いた。










