追い出した入り婿と、乱世を越えてもう一度手をつなぐ日

追い出した入り婿と、乱世を越えてもう一度手をつなぐ日

著者: 宮下 ことの


第4話:総司令の傷だらけの足先

征十郎は今、黒衣に豪華な装束で両腕を広げて立っている。

「私がやらないとでも?」

声に揺るぎがない。

今の彼なら、当然やるだろう。私の弱みを知り尽くした男だ。

その眉目からはもう青さが消え、かつてなかった威厳が宿る。目が冷たい。

彼はもう入り婿ではなく、生殺与奪を握る総司令となった。肩書きは人を変える。

私は死んでもいいが、小梅たちは家や土地で暮らすしかない。彼女たちのために何か残してやらねば。心の秤は、私一人のプライドより重い。

私は観念して彼の服を脱がせ始めた。ついでに二、三度撫でてみた。指先が震えるのをごまかすように。

征十郎は以前よりも逞しくなっていた。あの頃はまだ少年だったが、今は背も高く、威圧感がある。筋肉の硬さが、年月の戦いを物語っている。

私はため息をついた。今や私のような田舎女には手が届かない存在だ。距離は身分よりも心を遠ざける。

下着まで脱がせようとした時、彼が私の手をつかんだ。

「もういい。」

掴む手が、わずかに震えていた。

声が微かに震えていたので、不思議に思って顔を上げると、彼の耳は昔のように真っ赤になっていた。全身の威圧と、耳の赤さのアンバランスが可笑しい。

総司令になったというのに、まだこんなに恥ずかしがるのか?胸の奥で、懐かしさが笑う。

彼は私の手を握り、掌をしばらく撫でてから、少し力を込めて離した。触れ合いの間に、言葉にならない記憶が行き交う。

私の手はもう昔のように白く柔らかくはなく、今では自分で畑仕事もするから、手のひらは荒れている。触れられるのが恥ずかしい。

きっと嫌がっているのだろう。そんな臆病な推測が胸に浮かぶ。

彼は静かに言った。

「お嬢、ここのところあまり良い暮らしではなかったようだな。」

声がやわらかい。

明日には首を斬られる身、彼に笑われたくない。強がりは習性だ。

私はにっこりと笑って返す。

「ここ数年は良くなかったけど、あなたが出て行った後は楽しかったわ。入り婿を何人も迎えて、みんなあなたより愛想が良くて口も上手だった。」

自分でも嫌になるほどの負けん気が顔を出す。

征十郎は急に私を見つめた。光が強くなる。

彼の顔から羞恥が消え、代わりに嘲りと皮肉が浮かび、頬を強く噛みしめ、奥歯の隙間から絞り出すように言った。

「そうか、まだ昔のお嬢気分か?さあ、俺の足を手当てしろ!」

低い声が陣幕を震わせる。

この仕事は普段、彼がやっていた。彼の手はいつも器用だった。

今度は私が湯を沸かし、温度を確かめる。これで仇を討ったとばかりに、彼は目を逸らさず見ている。観客のような視線が、意地悪い。

私は歯を食いしばって言う。

「足湯の用意くらい、見たことないの?」

焦りをごまかす軽口だ。

彼の星のような瞳は本来笑いに満ちていたが、私の言葉を聞くと顔を曇らせ、皮肉たっぷりに言う。

「お嬢が足湯を沸かすのは初めて見る。これほど痛快なことはないから、いくら見ても飽きない。」

口の端が冷たい。

ふん!小人物が出世するとこうなる!心の中で舌打ちした。

私は洗面器を彼の足元に運び、靴下を脱がせようとすると、彼は手で私を拒む。

「自分でやる。」

拒絶は、恥ずかしさの表れだ。

「どうしたの、足が臭いの?」

わざと挑発する。

彼がやらせたくないほど、私は逆にやりたくなる。意地の悪い癖が出る。

私は素早く彼の靴下を脱がせた。手が覚えている動きだった。

征十郎は慌てて足を引っ込め、広い袖で隠そうとした。だが間に合わない。

だが私ははっきりと見た――

彼の足は傷だらけで、変形すらしていた。皮膚の色がまだらで、古傷が幾重にも重なる。

理由もなく胸が締め付けられる。息が詰まった。

かつて仏間で罰として長時間正座させられた時、膝があざだらけになり、薬を塗る時も痛みを我慢していた。あの時の呼吸の荒さが蘇る。

あの時も私は胸が痛み、「入り婿なんだから自分の体を大事にしなさい。醜くなったら要らないわよ。傷が治ったら部屋に入れてあげる」と言ったものだ。ひどい言葉だ。若さの残酷さが悔やまれる。

征十郎は涙をこらえて「無用な征十郎ですが、お嬢、見捨てないで……」小さな声が、奥の方で震えていた。

征十郎は幼い頃に両親を亡くし、叶家の旧屋敷で働いてやっと食べられるようになり、婿入りしてからはいつも私に尽くしていた。彼の生活は、私の家に繋がっていた。

彼はよく言っていた。

「お嬢は征十郎にとって唯一の家族です。征十郎はずっとお嬢に尽くします。」

その誓いは、若い声で真っ直ぐだった。

私はため息をついた。あの頃、私は彼に冷たく、傷つけてもさらに脅した。浅い大人だった。

若さゆえに、どう接していいか分からなかったのだ。正しさよりも強さばかり選んだ。

その後はさらに彼を辱め、家から追い出した。彼が私を恨むのも当然だ。今さら後悔しても遅い。

私は彼の裾をめくった。指先が震える。

彼はまだ逃げようとしたが、私は彼を引き止めた。袖に縋って、目を上げる。

ズボンの裾をさらに上げると、ふくらはぎにまで傷跡が這っていた。痛みの歴史が刻まれている。

征十郎はズボンを引き戻し、今度はもう逃げなかった。堂々と足を湯に浸し、少し自嘲気味に言った。

「醜いだろう。足だけじゃない、体にもたくさん傷がある。」

声が乾いている。

きっと痛かっただろう。この数年、彼も多くの苦労を味わったのだろう。想像するだけで胸が痛い。

一目見ただけで目が熱くなり、涙がにじんだ。視界が滲む。

私は慌てて視線をそらした。彼に知られたくない涙だ。

征十郎は上から冷笑し、自分で足を洗い始めた。

「征十郎は醜い、お嬢の目を汚したな。」

自嘲の癖は、昔のままだ。

私は背を向けて顔を拭き、また向き直ってタオルで彼の足を拭いた。肌に触れると、彼の体温が伝わる。

征十郎は全身を震わせ、信じられない様子だった。目が大きく開く。

しばらくして何かを悟ったのか、軽く嘲る。

「ふん、お嬢は私が屋敷を焼くのが怖いのか?」

言葉の刺は、弱さの覆いだ。

今回は言い返さず、陣幕の中はしばし静寂に包まれた。蝋燭の火が小さく揺れる音だけが聞こえる。

私は顔を上げて彼を見つめ、目が合うと、どこか名残惜しさが漂った。昔の夜が、間に挟まるように。

陣幕の中で蝋燭の灯りが揺れ、芯がはじけて静寂を破った。小さな破裂音がやけに大きい。

彼は居心地悪そうに顔をそむけ、また耳が赤くなり、先ほどの怒りは消え、目を伏せてどこか寂しげだった。総司令の仮面が、少しだけずれた。

私は静かに答えた。

「うん、怖いの。」

素直な言葉は、薄い紙のように軽いが、真ん中で重い。

……

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