追い出した入り婿と、乱世を越えてもう一度手をつなぐ日 / 第3話:仏間の正座と燃える回船問屋
追い出した入り婿と、乱世を越えてもう一度手をつなぐ日

追い出した入り婿と、乱世を越えてもう一度手をつなぐ日

著者: 宮下 ことの


第3話:仏間の正座と燃える回船問屋

彼が入り婿した時、親族たちは彼に散々嫌がらせをした。細かな針が日々刺さった。

回船問屋は父が築いた基盤で、後に私が継いだ。親族たちはいつも羨ましがり、私の店を狙っていた。欲は親族の顔を変える。

「女が商売なんてしてどうする、嫁に出たら店は外姓になる、認めない!」口は正義を装う。

だから私は入り婿を迎えたのだ。家を護るための手段だった。

征十郎はまだ若く、婿入りした後は下人たちに見下され、親族たちには私の留守中に嫌がらせを受けた。彼の背はいつも孤独だった。

ある日、商いから早めに帰ると、征十郎が見当たらない。胸に嫌な予感が刺さる。

小梅が困った顔で言う。

「本家が旦那様を仏間に呼んで正座させています。お嬢様には内緒だと……」

声が震えていた。

私は初めて、彼がこんな仕打ちを受けていたと知った。体の芯が冷える。

三日に一度は呼び出して長時間正座させていたのだ。膝の痛みは心の痛みと同じくらい残酷だ。

その日は激怒して本家の家の門を押し開いて手を打ち鳴らした。轟音が小さな正義のように響いた。

宗家は私を罵った。

「詩織、お前は目上を敬わない犬畜生だ!今日こそ叶家から追い出してやる!この世の中、家族の庇護なくして商売ができると思うな。明日には身分を剥奪してやる!」

怒鳴り声に臭いが混じる。

私は門柱を叩いて手を打った。

「一緒に死ぬなら構わない!私の回船問屋、誰が引き継げる?結局、毎年数百両の銀が減るだけだろう。本家の仏間も墓所も修繕できず、皆で土を掘って生きるしかないわ!」

言葉の刃で彼らの欲を切りつけた。

宗家は指を震わせて言う。

「お前、お前……」

指先が白い。

私は征十郎の前に立ちはだかった。

「私の銀を受け取ったなら、もう家に手を出さないで。次に征十郎をいじめたら、回船問屋に火をつけて皆を巻き添えにするから!」

自分でも怖い脅しだった。

征十郎は寄る辺なさげな様子で、ひたすら耐えていた。肩が少し落ちている。

私の後ろで袖をつかみ「お嬢、怒らないで。征十郎は大丈夫。」その声は弱くて、優しかった。

私は彼を怒鳴りつけた。

「いじめられても私に言わないの?私を死んだものだと思ってるの?」

怒りは彼の優しさを責める。

征十郎はうつむき、小声で言った。

「当主は毎日商いで忙しいのに、征十郎は無力です。ただ親族の盾になるくらいしかできません。彼らが私をいじめれば、当主にはもう迷惑がかからないから……」

言葉の一つ一つが胸に刺さる。

私は怒りが収まらず言った。

「最近、歩くたびに足が震えてたのは、私が新婚で無理させたせいかと思ってたのに……」

口走ってから顔が熱くなった。

征十郎は耳まで真っ赤にして、私の口をふさいで引っ張って行った。照れと必死が混じる仕草だ。

宗家は後ろで「世も末だ、恥知らずめ、叶家にこんな奴が……」と罵っていた。いつもの毒のある声だ。

……

やがて時代の流れで回船問屋はなくなり、叶家も没落した。潮目が変わると、屋号も風に消える。

祖宅も本家屋敷も田畑も荒れ果てた。草が伸び放題で、石灯篭が傾いている。

征十郎は今や強大になり、かつて彼を苦しめた者たちも、彼の意のままになった。権威は復讐の道具にも、守りの盾にもなる。

――私も含めて。胸の中で自分に印を付ける。

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