追い出した入り婿と、乱世を越えてもう一度手をつなぐ日

追い出した入り婿と、乱世を越えてもう一度手をつなぐ日

著者: 宮下 ことの


第2話:将軍令嬢と没落当主

すると突然、髪に簪を飾った美しい娘が怒りに満ちてやってきた。足音が速い。風が簪を鳴らし、香がふっと広がる。

「あなたがあの回船問屋の娘?」

瞳は冷たく、声は鋭い。

ここにも私のことを知っている人が?ちょっと有名らしい。悪い意味で噂が先んじるのが世の常だ。

彼女は自らを九条将軍の嫡長女・九条雅子と名乗った。立ち姿が隙なく、育ちの良さが滲む。

「あなたのような没落娘が、どうして私の征十郎様にふさわしいの?」

と、侮蔑を隠そうともしない。

私は低姿勢で答える。

「はいはい。」

無用な火種は避けたい。ここは堪える。

九条将軍は古くからの知り合いで、私たちの郡が乱世を生き延びられたのも彼のおかげだった。恩は恩、しかし今の険が胸に刺さる。

九条将軍は後に征十郎に仕え、今や彼の開国功臣となっている。功と欲が絡む縁だ。

だから私は彼を尊敬し、雅子にも寛容だった。少なくとも表面上は。

雅子は私の様子を見て、得意げな表情を浮かべる。顎がわずかに上がる。

「父が言ったわ、私は今後征十郎様に嫁ぐの。あなたのような田舎娘は早く村に帰りなさい!今の征十郎様はあなたには高嶺の花よ。」

言葉の一つ一つが針のようだった。

私は少し驚いたが、すぐに納得し、ほんの少しだけ胸が痛んだ。痛みは小さいが、刺すように鋭い。

以前から噂は聞いていた。将として名を上げるごとに、縁談も増えるものだ。

征十郎が挙兵したばかりの頃、城を落とすたびに宝石や美女が献上された。噂は尾ひれをつけて広がる。

今や高貴な身分となり、将軍の娘を娶るのも当然だ。理に適っている。私の胸の理屈は、心のざわめきを黙らせられない。

かつて私が入り婿に迎えた時、周囲の人はどう言っていた?あのざわめきが耳に戻る。

「お嬢様に見初められたのはお前の幸運だ!」

「そうそう、お前はただの護衛で、月に一文しかもらえない。お嬢様と一緒なら食うに困らないのに、何を迷うんだ!」

「星野のおじさんが言ってたぞ、お前は金の帯留めを買うために貯金してるんだろ?お嬢様に甘えれば、金でも宝石でも何でも手に入るのに!」

征十郎が来たばかりの頃、目を輝かせて情熱に満ちていたが、次第に無口になった。熱は静かに硬くなっていく。

夜中に私を抱きしめて「当主、俺は役立たずかな?」と聞くこともあった。耳元で震える声が、今も残っている。

だが私は眠くて目も開けられず、彼の体を適当に撫でて「今夜はもういいから、早く寝て」と言うばかりだった。優しさのつもりだったのに、冷たさに聞こえたのだろう。

征十郎はため息をつき、長い沈黙。あのときの沈黙には、言葉より重いものがあった。

その頃、私は大きな商いをしていて、一族全体を養っていた。彼の屈辱など気にする余裕はなかった。忙しさは時に残酷だ。

後になって小梅のおしゃべりで、彼が陰でどれだけ言われていたかを知った。遅い気づきは、いつも痛みを伴う。

だが今や、私の方が彼にふさわしくない。立場が逆転したのだ。

私は雅子に首を振る。

「でも、もう逃げられないの。」

足元には鎖のように事情が絡んでいる。

征十郎はもしかしたら明日、私を斬るつもりかもしれない。過去の屈辱を晴らすために。恐怖が理由を増やす。

彼は何事も根に持つ性格だった。そこは昔から変わらない。

かつて地元のごろつきが彼を怒らせ、会うたびに殴られ、ついには軍隊に入る羽目になった。拳で道を開いた男だ。

私は彼に特別良くしたわけでもなく、後には家から追い出した。きっと許してはくれないだろう。自分で下した選択の刃が、今さら怖い。

雅子は焦って言う。

「あなたみたいな田舎娘が、どうして征十郎様と争うの?……わきまえなさい。名家の妻にふさわしいのは誰か、路頭に迷う商家の娘が肩を並べられると思って?」

身分の言葉の鋭さは、血より冷たい。

私は元々気落ちしていたが、この言葉に火がついた。矜持が頭をもたげる。

私は冷たく鼻で笑う。

「この世に私を妾にできる男なんていないわ。征十郎ですら『当主』と呼ぶのよ。私の旧屋敷には入り婿が列をなしていたけど、男に媚びて待つなんてことは一度もなかった。」

言い切ってから、胸が少し震えた。

いつの間にか、征十郎が私の後ろに立っていた。気配が近い。空気が揺れる。

彼は皮肉を込めて言う。

「そうだなお嬢、俺を追い出した後も何人も入り婿を迎えたが、今は一人も残っていない。誰も満足させられなかったのか?」

唇の端に冷笑が浮かぶ。

私は顔色を失い振り返る。視線がぶつかる。

だが、どうせ明日には首を斬られる身、怖いものはない。開き直りは強さのふりをする。

私は言い返した。

「総司令ほどじゃないわね。あなたの周りには次々と美女が現れ、世話をしたがる人も列をなしているってわけね。」

皮肉は鋭く、声は震えていない。

征十郎は怒りで目を燃やし、私を本陣へと引っ張っていく。手の力が強い。

「今夜こそ、お前がどう人を世話するのか見てやろう!」

低く言い放つ声が、陣幕を揺らす。

雅子は後ろで必死に止める。

「征十郎様、彼女の手に乗らないで!どうして彼女に世話させるの?」

彼女の声は甲高く、焦りで滲む。

征十郎は彼女に一瞥もくれなかった。視線は一度も逸れない。

雅子は悔しさで歯ぎしりしていた。唇が白くなるほど噛みしめる。

征十郎は険しい顔で私を陣幕の中に引き入れ、私も腹を立てて不機嫌な顔で彼を睨む。空気に火花が散るようだった。

彼は両腕を広げ、顎を上げて命じる。

「服を脱げ。」

抑圧の言葉は冷たい。

「脱がない!明日には死ぬ身、せめて誇り高いまま死にたい!」

声が震えずに出た。

征十郎は冷たい表情で、今や総司令の威厳を見せる。

「いいだろう、お前は気高いんだな。なら明日、お前の屋敷を焼き払い、侍女たちを路頭に迷わせる。数百町歩の土地と町の店も全部没収だ。ああ、それに本家屋敷も全部壊してやる!」

言葉の刃は、私の弱いところをよく知っている。

「そんなこと、よくも言えるわね!」

反射で叫んだ。怒りが熱い。

征十郎は本当に心が狭い!昔から、些細なことを忘れない男だ。

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