第9話:真夜中の帰路と消えた姑
しばらくして部屋は静まり返った。割れた器の縁だけが、かすかに光っている。
姑は驚愕して呆然とし、義父も私をじっと見つめたまま、タバコの火がフィルターまで燃えているのに気づかない。時間が一瞬、馬鹿になる。
「お母さん、これで本当になりましたね」。私は姑の目の前で手を振った。事実を現実に合わせただけだと告げる仕草。
姑の震える唇と涙が、本物の感情を物語っていた。次の芝居を始める前に、私は姑の口を塞いだ。
「お母さん、もしかしたらスマホ以外で録音したかもしれませんよ?」。彼女の選択肢を狭めるために、別の扉を見せる。
私はポケットからペン型レコーダーを取り出して見せた。点滅するライトを見て、姑は事態を悟った。薄い青い光が、彼女の顔の血の気を奪っていく。
「ちょっと、私がサービス係を呼びに行って、トイレに寄ってただけなのに、部屋で何があった?」。夫が部屋に入ってきて、周囲を見回した。目の動きが忙しく、言葉が遅れて出る。
「玲華、何があったんだ?スマホがグラスに沈んでるぞ?」。眉間の皺が深くなる。
「お母さん、その顔どうしたの?誰が叩いたの?」。彼の目は、私と姑の間を何度も往復した。
私は姑と目を合わせた。姑はすぐに目を逸らし、唾を飲み込んで答えた。
「芳江さんと朱美さんがケンカして、私も巻き込まれたの」。
そう言って私の様子を窺い、私が何も言わないのを見て、ほっとした。嘘は、相手の沈黙を必要とする。
「何度も言ったよね、芳江さんと朱美さんとは距離を置けって」。夫はこの二人が嫌いで、母親にも何度も忠告していた。
特に朱美さんは、離婚して二人の息子を放棄し、三十年以上も一度も会いに行かなかった。最近になって老後が心配になり、息子たちに近づこうとしていた。
息子たちも最初は気にしなかったが、彼女の嘘や騒動が度重なるうちに、兄弟仲も壊れてしまった。積み重ねは、良い方にも悪い方にも厚みを増す。
だから、私は姑がこれで終わるとは思わなかった。彼女の物語は、簡単には幕を下ろさない。
「玲華、車でお母さんを送って。私と父さんはここで後片付けをするから」。夫の声は冷静に装っているが、疲れが混ざっていた。
「わかった」。私は姑を乗せて家へ向かった。夜の道路は閑散としていて、ヘッドライトの光だけが真っ直ぐ進む。










