第8話:スマホ水没と虚偽の被害届
私は自分の手を見て、本当に武道の達人になったのかと疑った。指先に何の感触もないのに、罪だけが増えていくのは滑稽だ。
義父を見ると、私と目が合った瞬間、そそくさと背を向けてタバコを吸いに行った。ただ背を向けた。どこを叩いたのか言えないのね。
義父も頼りにならないので、私は再び姑に向き直った。
「お母さん、私がどこをどう叩いたのか、具体的に教えてください」
「あなたは……私を叩いた……」。言葉はあるのに、場所がない。
「根拠もなくでたらめを言ってはいけませんよ」。静かに言うことで、音量の暴力を解除する。
「私は叩かれたって言ってるの、証拠なんて要らない」。証拠が要らない世界で、生きてきたのだろう。
「息子が帰ったら、あなたが私を二回も叩いたって言うから。息子が私を信じるか、あなたを信じるか見てなさい」
勝負を家族に委ねるのなら、こちらも準備をするだけだ。
この時、姑の乱れた髪と険しい表情はまるで狂人のようだった。目の奥の焦りが、理屈を食いつぶしていく。
「お母さん、録音があるのを忘れてませんか?」。思い出すべきは、さっき自分で言った言葉だ。
「ははは……まず自分のスマホがどこにあるか見てみなさい」。勝ち誇った笑いの形を借りた防御。
姑の視線を追うと、唯一無事だった日本酒のグラスの中に私のスマホが沈んでいた。氷もない冷酒の底で、黒い四角が静かに光を呑み込んでいた。
しまった、油断した。証拠は道具に依存しない形でも残すべき——その教訓が、背中を冷やす。
「玲華、息子が帰ったら離婚させる!」「健太、早く帰ってきて!お嫁さんが私を叩いたのよ!」。声が廊下に溶けていき、被害者の衣をまとい始める。
姑はさらに自分の頬を二回叩いたが、赤くならず、効果がなかった。私は冷静に、「お母さん、そんなに叩いたら痛いでしょう。ちょっと冷たいタオルで冷やしますね」と言い、冷水で濡らしたタオルをそっと頬に当てた。しばらく当ててからスマホ(夫のものを借りて)で頬の赤みを記録し、「念のため証拠として残しておきますね」と淡々と手続きを進めた。姑が自分で頬を叩いた瞬間も、ペン型レコーダーのカメラで静かに録画していた。










