第10話:被害者ポジションを先に取る人
途中、姑が口を開いた。
「玲華、ちょっと車を路肩に停めて。お腹が痛いから公衆トイレに行くわ。臭いから、もう少し前で待ってて」。
声は弱々しいが、計算の匂いがした。
「大丈夫、ここで待ってます」。私はその場の空気を動かさない選択をした。
姑は不自然に口元を引きつらせた。
「お母さん、行くの?」「行くわ、もちろん」。
返事は早いほど、嘘に見える。
私は車を動かさず待っていたが、姑はなかなか戻ってこなかった。時計の針が進む音だけが、車内を満たす。
心配になってトイレを探したが、見当たらない。スマホが使えないので、周辺を探しても見つからず、家に戻るしかなかった。暗がりの道路は、思考を冷やしすぎる。
家に着くと、夫と義父はすでに帰っていた。靴の並び方で、家の中の空気が想像できる。
夫は不機嫌そうに私を一瞥した。私は店の後始末で機嫌が悪いのだと思った。彼の唇が薄く固く締まっている。
すると、キッチンから聞き覚えのある声がした。
「健太、玲華が帰ってきたら怒らないであげて。お母さんが少し我慢すればいいの。夫婦仲を壊さないで」「何もなかったことにしてあげて。私が二人の間に割り込んでると思われたくないから」。
声の甘さが、不自然に濃い。
その言葉に夫は一気に怒り出した。
「玲華、母さんに何したんだ。俺たちがいない間に、母さんに重い荷物を持たせて歩かせたそうじゃないか」「もし俺と父さんが偶然会わなかったら、母さんは黙って我慢してただろう」「それなのに母さんは帰ってきてすぐ、君のためにご飯を作ってくれたんだぞ」。
言葉の矛先は真っ直ぐで、事実だけが曲げられている。
なるほど、姑の計略はここにあった。被害者の衣をあらかじめ用意しておいて、私が帰る前に着込む。音の早さを計算した手口だ。
私が帰るのが遅れていたら、姑がさらに夫を洗脳していたかもしれない。沈黙は、誰かの物語に加担する。
夫は私に一方的に怒鳴り、キッチンの音も止まった。鍋の蓋がわずかに揺れて、湯気だけが静かに消えた。










