第3話:取り違えられなかった娘
茶室は邸宅の隅にあって、とても静かだった。きららを気遣って、ここを選んだのだろう。部屋に入りドアを閉めると、薫子さんは低い声で尋ねた。
「何の用?」
私はスマホをテーブルにそっと置き、母のSNS投稿を画面で見せた。それから、「このアイコン、母がきららに作ったヘアピンなんです」と伝えた。投稿の発信元も都内になっていました、と付け加えた。
私はためらいながらも尋ねた。
「薫子おばさん、本当に母が私ときららをすり替えた可能性、ありますか?」
薫子さんは淡々と聞き返した。
「つまり、あなたが私の娘で、きららが藤宮澤子の娘だと?」
不思議なことに、彼女の表情は全然動じていなかった。まるで最初から知っていたみたいに。
「分かりません……」
私は少し迷ったけど、正直に話すことにした。
「本当はそうであってほしいと、ずっと夢みてました。でも、実は親子鑑定をしたことがあって……私は間違いなく母の娘でした。」
私はその親子鑑定書を取り出して、薫子さんに手渡した。思えば、この鑑定費用も彼女がくれたお金だった。
母と一緒に訪ねるたび、薫子さんは同情の目で私を見ていた。きららは花みたいに美しく、すくすくと育っていた。一方、私は干からびた小猿みたいにやせ細っていた。
何度かそうした後、薫子さんは私に内緒でお小遣いをくれた。
「お母さんには内緒で、たくさん美味しいもの食べてね。」
でも私は、その大半を食費じゃなくて親子鑑定に使った。
私はずっと、薫子さんが自分の母親だったらいいのにって、夢見ていた。
この時、薫子さんは鑑定書を読み終えて、警戒した表情がやっと和らいだ。私の顔をじっと見つめ、何とも言えない哀しみが目に浮かんだ。
「あなたは本当にいい子ね。投稿を見てもきららを困らせず、私に直接相談に来て、泣き喚いて認知を求めることもなく、自分から鑑定書を差し出した。あなたのお母さんのような人間から、こんな子が育つなんて奇跡だわ。未咲ちゃん、全部の事情を知りたいんでしょう?」
私は思わず顔を上げ、ズボンを握りしめた。
「ご存じなんですか?」
薫子さんはため息をつき、遠い記憶に沈んだようだった。
「——あの夜、澤子さんがあなたときららをすり替えたのを、私は見ていたの。夜中、彼女が赤ん坊を抱えて産室に入ってきたのを、寝たふりをしながら見ていた。彼女が出て行ったあと、私はそっと起きて、恐る恐る赤ん坊を抱き上げて元に戻した。そのあとも、澤子さんは全然気づいていない様子で、“きららが自分の娘だ”って信じ込んでいた……」
私は手が震えて、心も沈んでいった。
「母は……元に戻したことを知らなかったのですか?」
薫子さんは小さくうなずいた。
「この何年も、あなたの母親はきららを実の娘だと思い込み、あなたを私の娘だと信じて虐待してきた。私は彼女が困っている時に手を差し伸べたのに、彼女は私を恨んでいる。私は真実を告げなかった。一つは、彼女が真相を知って逆上し、私やきららに危害を加えるのが怖かったから。もう一つは、私のエゴで、自分の娘をすり替えたつもりの彼女がどんな結末を迎えるのか見てみたかったから……」
彼女は私を見て、慈しみの目を向けた。
「でも、あなたにはつらい思いをさせてしまったわ……」
最後の希望が潰えた。胸の鈍い痛みが、今や鋭い刃となって何度も私を切り裂き、息もできないほどだった。










