終わりのない後宮で、ただ一人魂を待つ / 第2話:隠しイベントと人形たち
終わりのない後宮で、ただ一人魂を待つ

終わりのない後宮で、ただ一人魂を待つ

著者: 林 悠斗


第2話:隠しイベントと人形たち

だが彼女は何も気にせず、楽しそうにロードしては、愛染香を渡す前の瞬間に戻り、澄んだ瞳で私を見つめた。毎回、同じ角度と同じ笑みで。

「九条さん。」呼びかけは甘いのに、無機質な反復に囲まれている。

その後の日々は穏やかで、毎晩明里が寵愛を受けるのを、私はただ見ていた。更衣から嘉の女御へと、彼女は順調に昇りつめていった。足跡のようにきれいに並んだ昇進の通知が、青い空の下で白く光った。

膝下には吉兆とされる男女の双子を育て、皇子は聡明、皇女は機知に富んでいた。まるで見本になるように設定された姉弟だった。

彼女は満足したのか?この完璧に近い数値と結果で。

どうやら満足したようだった。少しのあ間が生まれ、ロードの嵐がやむ。

帝が趙の更衣を寵愛したという話を聞いても、もうロードは起きなかった。彼女がこの生活に満足したのか、あるいは飽きたのかと思った。空に風が通り過ぎるだけで、世界は動かない。

その後の十ヶ月間、私は明里がロードするのを一度も見なかった。時間は素直に進み、朝は朝のまま夜は夜のままだった。

だが、趙の更衣が出産したその日――

子供の泣き声が響いた時、明里は私のそばでお茶を飲んでいたが、ふと眉をひそめた。「知力九十二の皇子?なんでこんなに高いの?」ウィンドウの数値を指先でなぞり、首を傾げる。

次の瞬間、視界が揺れ、朝に戻っていた。香炉の煙の形までまったく同じに戻るのが怖かった。

明里がまた門をくぐり、にこやかに「九条さん」と言う。声の柔らかさだけが救いで、その他は全部凍っている。

今度は趙の更衣が産んだのは皇女だった。明里は独り言を言う。「容姿三十?それじゃあ醜いなあ。やっぱり皇女は綺麗じゃないと、見てて気分がいいし。」舌先で数値を味わうような言い方だった。

また朝に戻る。空の色が薄くなり、鳥の鳴き声が同じ場所で途切れる。

三度目、趙の更衣はようやく容姿八十五の皇女を無事に産んだ。満足の音が、目に見えないところでカチリと鳴る。

私は、弱々しくも慈しみの微笑みを浮かべて子を抱く趙の更衣を見て、突然背筋が凍った。腕に宿る重みが偽物のように見えたからだ。

本当に彼女の子なのか?あの涙は、彼女自身のものなのか?

私は思わず自分の腹に手を当てた。側にいた女房は私が羨ましがっていると思い、慌てて笑った。「奥様はお若くて体も丈夫ですから、他人を羨むことはありませんよ。奥様ほどの寵愛と家柄があれば、いずれ皇子を授かれば先々の見通しは尽きません。小さな更衣の娘など比べ物になりません。」

その言葉で私ははっとした。何の疑いもなく信じられている「筋書き」が、私の喉を塞いでいた。

明里が、武家の家柄である私が子を産むのを、本当に許すだろうか?彼女の好みや都合の一片で、私の未来ごと書き換えられるのではないか?

あるいは、本当に私が自分の子を産ませてくれるのだろうか?その子が「私の子」であり続ける保証なんて、この世界のどこにもないのでは?

私は賭ける勇気がなかった。賭けたものが「私自身」だと分かってしまったから。

今年、私はちょうど二十歳。しかし明里のロードで過ごした日々を数えれば、二年余分に生きている。時間の継ぎ目が肌の下でざらりと立つ。

ロードという切り札を握っているためか、明里は後宮の争いにあまり心を砕かなかった。彼女が気に入らない女御を毒殺しては三ヶ月前にロードし、その女御が別の死に方をする――そんなことが何度も繰り返された。表向きにはすべて急病や事故として処理され、この世界の仕様で死亡原因の文言まで自動で書き換えられるせいで、誰も本当の経緯を知らない。死んだ女御はたいてい容姿が平凡か、皇子を産んだ者だった。設定に矛盾を残す駒から順に盤面から外されていき、NPCたちは淡々と既定の儀礼をこなすだけだ。その陰で、プレイヤーの介入ひとつで死に方が変えられるという残酷さだけは、しっかり保たれている。

また、明里と敵対した頭の悪い女御もそうだった。彼女の苛立ちにぶつかった者は、すぐにシナリオの隅へ追いやられた。

私は死にたくなかった。だから明里が慈悲深く、帝を私の宮に泊めさせてもロードしなかった――彼女の気まぐれの中で、偶然守られているだけだと知りつつも。

彼女自身は自分が残酷だとは思っていない。子供のような無邪気さで、好きな者には生きてほしい、嫌いな者には消えてほしいと願う。正しさより、退屈さを嫌う目だ。

彼女こそが本当の意味で天候を操る存在だった。晴れにするのも嵐にするのも、指一本の距離で決まる。

あなたへのおすすめ

凌雲橋のほとり、消えぬ魂と約束の夜
凌雲橋のほとり、消えぬ魂と約束の夜
4.9
霞が関地下の異能者行政「高天原」で働く神代 蓮は、三年前の祝賀会でかつての仲間四人と再会した。西域遠征を経て戻った彼らは、かつての面影を失い、それぞれが異なる痛みと秘密を抱えていた。葛城の精神の謎、猿渡の失われた感情、猪熊の静かな死、沙川の慟哭——すべては霊山会と特務機関、そして見えざる上層部の策謀に絡め取られてゆく。心の奥に残る疑念と嫉妬、別れと再会の記憶。組織と己の間で揺れる蓮は、仲間とともに運命に抗い、最後にはそれぞれの選択を静かに受け止めていく。月明かりの下、すべてが終わったはずの夜に、再び小さな灯りが揺れる——それは本当に終わりなのだろうか。
雨と雷の間で、魂はどこへ還るのか
雨と雷の間で、魂はどこへ還るのか
4.7
雨上がりの河川敷、私は妖怪として人間の世界を静かに見下ろしていた。弟子に宝珠を奪われ、最愛の人も失い、流れ着いた先で双葉という愚直な女と出会う。久我家の本邸に入り込む陰謀と、血筋に絡まる呪い、欲望と愛が絡み合い、誰もが自分の居場所を探し続ける。失われた魂、封じられた記憶、そして救いのない運命の中で、双葉は静かに自分の道を選んでいく。雨音と雷鳴の間に、誰の願いが叶うのだろうか。人も妖も、未練を抱えて生きていくしかないのかもしれない。
寿命買いの呪い
寿命買いの呪い
4.9
病院で謎の老女から受け取った千円札が、菜月と家族を恐ろしい呪いへと導く。彼女を守ろうとする直人の正体は、冥界の使い――人間世界と死の狭間で揺れる二人の運命が、禁断の愛と恐怖の中で交錯する。残された時間は、たった三日――愛か、死か、選ばれるのはどちらか。
桜京の城壁から、何度でも君を選ぶ——転生皇女の終わらない夢
桜京の城壁から、何度でも君を選ぶ——転生皇女の終わらない夢
4.8
皇女・咲夜は、過去の痛みと後悔を抱えたまま再び人生をやり直す。側仕えの蓮との歪んだ愛、将軍家の娘・紗季との因縁、そして転生者として現れた白河湊との静かな駆け引き。運命を繰り返すなかで、愛と裏切り、選択の重さを知る。夢と現実が交錯する世界で、彼女は自分自身と向き合い、終わりと始まりの境界を歩む。最後に、現代の病院で目覚めた咲夜の心には、もう一度だけ信じてみたい誰かの温もりが残っていた。それでも、この物語は本当に終わったのだろうか。
見先、星々の下で──母と娘、二度目の許されない約束
見先、星々の下で──母と娘、二度目の許されない約束
4.9
あの夜、団地の薄明かりの中で母のSNS投稿を見つけてしまった時から、未咲の心には静かな絶望が広がった。十八年もの間、母の愛を知らずに育った彼女は、真実を求めて鳳桐家の門を叩く。しかし、明かされたのはすり替えられたはずの運命が一度だけ正されていたという、誰も救われない過去だった。命が尽きる寸前、未咲は母に最後の願いを伝え、自らの名前を変えてこの世を去る。やがて再び生まれ変わった未咲は、二度目の人生でも母の償いを受けながらも、許しきれぬ痛みを胸に、静かに自分の道を歩み出す。母と娘の愛は、本当にやり直せるものなのだろうか。
木彫りの祈りと蛍光灯の夜、君の手の温度
木彫りの祈りと蛍光灯の夜、君の手の温度
4.8
蛍光灯の下、木彫りの作業台に向かいながら、静かな寮の一室で配信を続けていた相原直。幼い頃から孤独と向き合い、木に祈りを刻むことで日々を乗り越えてきた。新たな同居人・神谷陸との距離は、最初は冷たく、時に痛みや誤解も重なったが、少しずつ互いの孤独に触れ、手の温度が心を溶かしていく。SNSでの騒動や、身近な偏見に晒されながらも、二人は小さな勇気を積み重ねてゆく。年越しの夜、灯りと祈りが交錯し、静かな祝福が胸に降りる。二人の時間は、これからも波のように続いていくのだろうか。
夜の檻がほどけるとき、娘の微笑みは戻るのか
夜の檻がほどけるとき、娘の微笑みは戻るのか
4.8
夜の大宮、何気ない家族の時間が、一通のLINEで崩れ始めた。コスプレを愛する娘・美緒の無垢な日常に、ネットの悪意が静かに忍び寄る。父と母は、守るために倫理を越え、罪の闇に手を染めていく。家族の絆、すれ違う信頼、交差する他者の欲望と嫉妬。その果てに残された沈黙は、やさしさか、それとも終わりなき罰なのか。 本当に守りたかったものは、何だったのだろうか。
悪役令嬢は兄弟子を独占したまま、運命に抗う
悪役令嬢は兄弟子を独占したまま、運命に抗う
4.8
閉ざされた北の離れで、兄弟子を活人器として独占する綾音。冷たい結界、抑えきれない渇望、交わされる罵声と、微かな優しさ。物語の筋書き通り、悪役令嬢としての運命に抗いながら、彼女はただ霊力と生を求めてもがく。 強引に奪い合う孤独な修練の日々は、次第に互いの心の奥底に触れ、やがて儚い絆へと変わっていく。だが、運命の歯車が再び動き出し、綾音は自らを犠牲にして仲間を救う決断を下す。 傷つきながらも求め合う二人の時間は、もう戻らないのだろうか。それとも、失われた日々の先に、静かな再会が待っているのか――。
君の手が頬に触れた夜、運命に抗う僕らの距離
君の手が頬に触れた夜、運命に抗う僕らの距離
4.6
目覚めた時、隣には四年間密かに想い続けてきた天宮先輩がいた。複雑な家同士の思惑、オメガへの分化、消せないマーキングと心の傷。帝都防衛アカデミーでの絆は、静かに、そして激しく揺れる。家族や政略の重圧の中、雨の夜に交わされるひとつの傘、残された言葉、遠ざかる背中。雪原の爆発と拘置区の壁の向こうで、二人の距離は今も測れないまま。最後に彼の手が頬に触れたとき、心は何を選ぶのだろうか。
裏切りの夜に抱かれて
裏切りの夜に抱かれて
4.9
全てを失った運送会社社長・吉岡は、裏切りと絶望の果て、謎めいた“縁切り”の依頼を引き受ける。過去の因縁と死者の呪縛が絡み合う山奥の墓地で、娘を守る母の涙と自らの贖罪が交錯し、運命を賭けた儀式が始まる。闇に手を伸ばすその先に、愛と救いは待つのか——