第6話: 崩れ落ちたエリートと歪んだ正義
俺は理奈を抱き寄せ、仁科に挑発的な視線を送った。言葉にしない決別を、はっきりと示した。
仁科は息を呑み、膝をついてそのまま後ろに倒れた!
「海人!」
「仁科!」
理奈の両親と理奈の叫び声が響く。俺は、ほんの少し足を止めただけだった。
理奈は振り返り、仁科が気を失ったのを見ると、俺を激しく突き飛ばし、仁科のもとへ駆け寄った。優先順位は、いつもそこにある。
仁科は救急外来に運ばれ、検査ののち処置室へと移された。ストレッチャーの車輪が、病院の床に一定のリズムを刻む。医師は「脳神経外科で緊急検査を行います。場合によっては開頭手術も検討します」と事務的に説明した。
理奈は処置室の前で泣き崩れ、俺を見る目には恨みが浮かんでいた。何をどうしても、俺が悪者になる構図だ。
俺は彼女の胎児を気遣い、ためらいながら近づいた。「理奈、何か食べて。感情の起伏は子どもによくない。」水のボトルを差し出す手が、少し震えた。
理奈は顔を上げ、激しく言い放った。「あなたは子どものためだけでしょ!」
「どういう意味だ?」
「子どもがいなければ、あなたは私と一緒にいなかった。桐生、あなたはもう私を愛していない。仁科が私の一番の親友だと知ってて、わざと彼を怒らせて病院送りにした……全部あなたのせいよ!」
彼女は俺を責め、声を張り上げた。廊下の空気がわずかに張り詰める。
俺は訳が分からず、理奈の混乱した論理に反論する言葉も出てこなかった。言い返すほど、彼女の傷を広げるだけだ。
喉が詰まり、嫌な予感が頭をよぎる。暗い影が、心に落ちる。
「それで?理奈、君はどうしたい?」
理奈はお腹に手を当て、顔を蒼白にして毅然と言った。「このままじゃ、この子を守れない。」その言葉を押し出すまでに、何度も躊躇があったことは、手の震えが語っていた。
理奈は正気を失っていた。冷静さは、感情の荒波に飲まれていた。
彼女は歯を食いしばって言った。「今すぐ離婚して、全部なかったことにする。あなたがいなければ、仁科は手術室にいなかった。桐生、あなたには本当に失望した。」その目は、俺を責めることでしか支えられないほどに脆かった。
俺はあまりの馬鹿馬鹿しさに、思わず笑ってしまった。笑いは、絶望の最後の抵抗だ。
そうだ。俺がいなければ、彼女は今ごろ昏睡から目覚めた仁科と幸せに過ごしていただろう。そう信じたい人たちの物語では、俺は常に障害だ。
俺の子を身ごもり、人妻のまま仁科と切れ切れの関係を続けることもなかった。矛盾は、誰もが都合よく見ないふりをする。
俺のせいだ。彼女の口から出る、その短い結論が、何もかもを覆う。
七年前のあの雨は、俺の心に長く降り続いていた。濡れた記憶は、乾いてくれない。
記憶の中、俺に傘を差し伸べた白いワンピースの少女も、今やすっかり変わり果ててしまった。俺の記憶が古びたのか、彼女が変わったのか。
俺は目を閉じ、絶望を噛みしめた。歯の裏に、鉄の味が広がる。
「頼みが一つだけある。離婚して仁科と一緒になるのも、財産をすべて置いて出て行くのも構わない。ただ一つ、子どもは産んでほしい。俺が育てる、最高の人生を与える。いいか?」










