白いワンピースの記憶が消えるまで、雨は止まなかった

白いワンピースの記憶が消えるまで、雨は止まなかった

著者: 広瀬 みく


第5話: 五ヶ月の命と土下座の求婚

俺と理奈の子は、彼女の腹の中で育っていった。季節は一つ巡り、彼女の仕草も少しずつ変わっていく。

彼女は自宅で安静にし、俺は変わらず相沢アパレルで働き続けた。毎朝同じ時間に家を出て、夜遅くに帰る日々だ。

相沢アパレルは今や空っぽの殻。理奈の両親が経営を引き継いでからは、会社は傾く一方だった。数字は正直で、情は帳尻を合わせてくれない。

この数年、俺が真面目に管理しなければ、とっくに主要顧客を失って都内の取引網から外れていたはずだ。顧客の顔と、取引先の癖、銀行の担当の顔色まで、俺は全部覚えていた。

手を引こうかとも思ったが、結局理奈の甘い言葉に抗えなかった。守るべきものがある限り、足は止められなかった。

だが思いがけず――

仁科はまだ諦めていなかった。諦めるという言葉は、彼の辞書にはないらしい。

彼は正式にアポを取って相沢家を訪問し、玄関先で深々と頭を下げて涙ながらに訴えた。控えめながらも、必死の懇願が空気を張り詰めさせる。

「僕は一生、理奈さんだけを愛したい。理奈さんのお母様、お父様、理奈さんと一緒にいられるなら、何だってします。」

「僕の資産は理奈さんのために使います。全部でもいいです。」

「理奈さんのお母様、仁科グループはもうすぐ桐生家と提携します。その時は将来も明るいし、僕が稼ぐお金は理奈さんのために使います!」

仁科は心から誠意を見せ、真剣に求婚した。どこまでが事実で、どこからが見栄なのか、判別が難しいほどだった。

部外者の俺ですら心を打たれそうになった。演技にせよ本音にせよ、熱量は嘘をつかない。

理奈の両親は複雑な表情で俺を見た。計算と感情の板挟みは、いつものことだ。

理奈の母はため息をついた。「海人、七年も経って、もう昔とは違うのよ。理奈はもう桐生司の子を身ごもっている、あなたたちの間は……」

「僕は気にしません!」仁科は理奈の母の言葉を遮った。「理奈が子どもを諦めてくれるなら、彼女と桐生のことはなかったことにします。この男のことは一秒たりとも気にしません!」

俺は傍らで冷笑した。もう、滑稽な提案にいちいち怒るほど若くはない。

なんて馬鹿げた話だろう!何かを得るために、何かを平然と捨てさせる。

だが、その場で俺だけが仁科を笑いものだと思っていた。人の心は、初恋の言葉に弱い。

理奈の両親は俺の前で迷い始め、理奈も涙ぐみながら仁科に手を差し伸べた。心が揺れているのは、瞳を見れば分かる。

仁科は彼女の手を強く握った。「理奈、僕は一生、君だけだ。」

初恋の言葉は、いつも心を揺さぶる。弱っている時ほど、響いてしまう。

俺は理奈の顔を見つめ、彼女が心動かされているのを見て、胸が締め付けられた。呼吸が浅くなる。

「理奈、俺たちの子はもう五ヶ月だ。」

声はかすれていた。五ヶ月という時間は、数字以上の重みを持つ。

理奈は動揺し、俺を見て、仁科に握られた手を慌てて引き抜いた。彼女の視線がぐらりと揺れた。

彼女は急いで俺のもとへ来て、両手で俺の指を掴んだ。「司、誤解しないで。」

宙ぶらりんだった心が、少しだけ落ち着いた。掴まれた指先の熱が、冷えた思考を戻した。

理奈さえ俺のそばにいてくれるなら、彼女がまだ俺を愛してくれるなら、俺はどんな困難も乗り越えられる。そう思っていた。

仁科は顔色を変え、歯ぎしりしながら言った。「理奈、彼のどこがいいんだ?婿養子で、金も力もない役立たずのために、なぜ僕を捨てる?」

彼はそう言いながら、涙を流した。涙は真実にも嘘にもなる。

「分かってるよ、君は良心が痛むんだろう。じゃあ、彼に金をやればいい?君が言う額を全部渡すから、僕と一緒にいてくれ。」

「理奈……」

「僕は桐生家の後継者とも仲良くしているし、君に彼には与えられない生活を用意できる。お願いだ、僕を見てくれ。」

理奈は涙をこらえ、彼を振り返らなかった。動かない首が、彼女の答えだった。

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