第3話:北の故郷と消えた呪文
「はい」青年は礼儀正しく頭を下げ、私たちは一緒にドアを出た。
絵里は私を東京に留めたくなかった。私自身もここにいたくなかった。結局、人は生まれた場所に戻りたくなる。故郷に帰りたかった。
道中、何の障害もなく目的地に着き、私は北都の地に立った。
思えば、もう五年近く帰っていなかった。
まず墓地に行った。「父さん、母さん、じいちゃん、ばあちゃん、会いに来たよ」
絵里の言う通り、私は本当に孤独だ。
墓碑にもたれて座った。幼い頃、両親は事故で亡くなり、大学卒業後に祖父母も相次いで他界した。私は彼らを近くに埋葬した。そうすれば参るのも楽だから。
「この近くに自分の墓も買ったんだ。会いたくて仕方なかったし、それに……ここの風が好きでさ、はは」
長居はしなかった。初冬の寒さが身にしみ、小さな雪が舞い始めて足元が冷えた。
「じゃあ、また来るよ。すぐ会えるから、そのときまたゆっくり話そう」
ぶつぶつ言いながら服をはたき、墓地を後にした。
ちょうど下校時間で、北都高校の前を通りかかった。制服姿の子どもたちはみな笑顔で、学生時代は休日が一番うれしかった。たとえ週末の短い休みでも。校舎から漏れる夕方のチャイムが、胸の奥の古い記憶を軽く叩いた。
私は門前でしばらく立ち止まり、やがて学校の中へ足を踏み入れた。
「おい、何しに来たんだ?」門番の爺さんに止められ、私は慌てて言った。「先生に呼ばれてるんです。急いでるので、先生が心配します」
目が赤くなっていたせいか、演技がうまかったのか、爺さんは通してくれた。
私は大きく息をつき、ゆっくりと校内を歩いた。
生徒たちは掃除をしていた。やんちゃな男子が雪玉を女子の懐に押し込み、女子はほうきを振り回して追いかけている。
私は微笑みながら彼らを見ていた。まるで一瞬で、若かった自分と絵里の姿がよみがえるようだった。冬の校庭の土の匂いまで、当時のままだ。
頭を振り、校舎に近づき、記憶を頼りに三年五組を探した。まだ一階にあった。教室には誰もいなかった。私はそっとドアノブを引いた。「カチャ」と音を立てて開いた。
一歩一歩教室に入り、古びた空気の中に昔の記憶を探した。
数を数えながら、あの頃自分が座っていた席に腰を下ろし、腕に頭を埋めた。
「いち、に、さん」――これは学生時代の私の秘密の呪文。三まで数えれば、絵里が現れる。
顔を上げると、誇り高い少女が机の横に立ち、手を差し出していた。「伊織、一緒に帰ろう」
一日の中で最も輝く夕陽が彼女を照らし、金色の光に包まれていた。
「いち、に、さん」
――目を開けると、夢は消えていた。
眩しい。
私はため息をつき、心の中の幻想を振り払い、教室を出た。
去り際、もう一度だけ振り返った。静まり返った教室の中で、少年が少女の手を取り「一緒に帰ろう」と約束していた。
息が止まりそうだった。
まばたき一つで、その光景は泡のように消えた。
もう戻れない。
私は北都で一ヶ月を過ごした。冬は早く訪れ、東京に戻ると、珍しく少し暖かく感じた。都会の冬は乾いていて、ただその冷たさは北の雪ほど鋭くはない。










