第1話:余命宣告と十年越しの離婚
私は真田絵里と、ほぼ十年にわたり互いに傷つけ合ってきた。彼女は外で次々と若い男を囲い込み、私は彼女の財布の紐と財産の大半を握って手放さず、互いに相手の弱みを押さえたまま、どちらも先には屈しようとはしなかった。港区の冷たいガラス張りの街並みのなか、私たちはずっと同じ場所で足踏みしていた。
だが、今日私は彼女と離婚するつもりだ。なぜなら……私はもうすぐ死ぬからだ。これ以上、この街の乾いた冬の空気のなかで、同じ争いを繰り返す力は残っていない。
医師からもらった診断書をじっと見つめてから、ようやく絵里に電話をかけた。薄い紙一枚なのに、人生を裏返すには十分だった。
「今どこにいる?」
「あなたに関係ないでしょ?」――私たちは夫婦なのに、お互いの行動を尋ねる権利すら、越権だと思っている。長年の習慣が、いつの間にか礼儀よりも先に怒りを連れてきた。
「一度帰ってきてくれ」私は机を指で叩きながら言った。「離婚しよう」
「フッ」と冷笑が返り、電話は切れた。まあ、仕方ない。この手は何度も使ってきたから、たいていは彼女に会いたいだけの口実だった。港区の夜景に紛らせた寂しさを、安っぽい作戦で埋めようとしたこともあった。
彼女が信じないのも当然だ。
二日待ったが、彼女は帰ってこなかった。
私は、命の終わりを告げる診断書を見つめ、これ以上一瞬たりとも無駄にしたくなかった。時計の針の音が、やけに大きく聞こえた。
絵里を探す方法は、もう一つある。私は何度もこの手を使ってきた。
「コンコンコン!」少し力を入れて目の前のドアをノックすると、絵里に飼われていると噂の、愛想のいい若い男が顔を出した。
「長瀬さん……」彼は気まずそうに目を泳がせた。まるで、ここでの立ち回りを一瞬で計算しているみたいに。若いくせに、年上に対して腰を低くしておく術だけは、妙に身についている。
私はわざと目を剥いて言った。「絵里に、帰ってくるよう伝えてくれ。俺が離婚したいって。絶対にな。彼女の若いツバメの中で、一番将来性があるのはお前だと思ってる。離婚したら、お前が正式な夫になれるかもな。そうなれば、今よりずっと“稼げる”ぞ」
若い男――川村淳は苦笑いを浮かべ、「長瀬さん、そんなつもりじゃ……」と、いつものように言い訳半分の台詞を口にした。
私はため息をつき、彼の言葉を遮った。「気持ち悪いこと言うな。さっさと伝えてくれ。明日も絵里が帰らなかったら、このドアをこじ開けて君の部屋をぶっ壊すぞ。君の細い体で俺の一撃に耐えられるか?」
もう話す気もなくなり、背を向けて歩き出した。今夜、絵里に会えるだろう。彼女は淳をとても大事にしている。私が挑発に行けば、彼女が黙っているはずがない。かすかな冷気が廊下に満ちて、わずかに金属の匂いがした。
夜が降り始めた頃、彼女は怒りに満ちて私の前に現れた。
「あなたに言ったでしょ、もう淳を探さないでって!」
私は悠々とワインを注ぎながら彼女を見て言った。「どうした?俺に何ができるっていうんだ?」港区のタワマンのキッチンに響くグラスの音だけが、やけに澄んでいた。
彼女は悔しさで震えながらも、私にどうすることもできず、嫌味ばかり言う。「こんなことして何になるの?淳は十分従順よ。彼はあなたの立場を脅かすつもりなんてない!私たちの間にもう愛情なんてないのに、あなたは離婚したがらないし、私が気に入った人をそばに置くことも許さないなんて」
「みんなあなたみたいに孤独でいてほしいんでしょ!」
「バン!」私はグラスを叩き割った。
彼女の言う通りだ。私は孤独だ。だからこそ、これまで彼女を手放せなかった。とっくに愛情なんてなくなっていたのに、離婚を認めようとしなかった。割れたグラスの切片が床を走り、硬い光を跳ね返した。
「そうだよ、俺は孤独だ。お前だけが幸せでいられるはずがない」
だが、心は疲れていた。ここ数年、絵里と会えばいつも張り詰めた空気。こんなことに何の意味がある?互いにため息ばかりが増えて、言葉はどれも刺のある棘になった。
私はもう一度ワインを注ぎ、彼女の前に座って離婚届を差し出した。「サインしろ」
「俺は約束は守る」










