Chapter 6: 第6話:偽りの救出劇と狙われた姫
馬はどんどん速くなり、前世で崖から落ちかけた場所に近づいた。私は焦り、システムの力がこれほど強いのかと疑った。見えない手が、また同じ結末をなぞらせようとしている。
私は歯を食いしばり、即座に馬を捨てた。身体が低く弾み、地面が迫る。
落馬する直前、一本の矢が馬の後脚に命中した。私は目の前が真っ暗になり、地面に倒れた。頬に土の冷たさ、耳に血の音。
反応する間もなく、林の中から七、八人の黒装束の刺客が現れ、私の急所を狙った。刃の光が木漏れ日のようにちらつく。
私は心の中で数を数えた。やはり三つ数える前に、黒衣で銀の仮面をつけた男が背後から私を抱きしめ、剣で刺客を防いだ。予定通りの登場は、計算の匂いがした。
「怪我はないか?」彼は焦った声で私に尋ねた。息の乱れは、少なくとも芝居の質を上げる。
その傍らには橘 紗季がいて、今まさに慌てていた。刺客が彼の背後に迫る。赤い衣に血の色が混ざるのを、私は見た。
「蓮、気をつけて!」紗季の声はまっすぐで、恐れの中にも芯がある。
蓮は私を抱きしめて一撃をかわし、私は彼の襟元を掴み、紗季に向かって叫んだ。
「私のことはいいから、皇女殿下を守って!」と、わざと立場を逆さまにして。
蓮は一瞬戸惑い、驚いた目で私を見つめた。計算にない台詞は、人の心に小さな穴を開ける。
私は芝居を始め、わざと彼を押しやりながら言った。「私が刺客の注意を引くから、あなたは皇女殿下を守って。殿下の命は私たちよりずっと大切だから!」役割を入れ替えた欺きは、刃の重心をずらすためだ。
刺客たちも一瞬戸惑い、すぐに紗季に注意を向けた。標的の赤が二人、選ぶべきはどちらか分からない。
私と紗季はどちらも赤い騎馬服。刺客たちに本物の皇女がどちらか分かるはずがない。混乱は、最高の盾になる。
彼らは目配せし、数人が紗季に襲いかかった。刃が閃き、枝が折れる音。
私は事前に調べていた。紗季は将軍の娘だが、体が弱く武芸はできない。彼女が狙われるのは当然だ。情報は盾、弱点は槍だ。
紗季は逃げきれず、刺客に腕を斬られて馬から落ちた。赤い衣が地面に散る。
「私は皇女じゃない、間違いです!」紗季の叫びは必死で、土に吸い込まれていく。
私も同調した。「そうそう、彼女は皇女じゃない、放してやって、全部私に向かってきて!」声を荒げ、矛先を自分に引き寄せる。
刺客の半分が紗季に向かった。場が裂け、血の匂いが強くなる。
紗季が今にも殺されそうな時、蓮は剣を握りしめ、しかし私を抱きしめたまま動かなかった。目の中に、妙な執着が見えた。
どういうこと?この時に紗季を守りに行かず、なぜ私を抱くのか?心の底で、何かがひどく歪んでいる。
私は彼の手首に噛みついた。白い肌が血で染まる。彼は痛みに顔をしかめたが、私を離さなかった。痛みは、彼の手から意地を剥がせなかった。
「咲夜、今度は簡単に君を手放さない。」囁きは甘く、余計に腹が立つ。
もういい、私を放っておいてくれ。息が詰まり、心が騒ぐ。
その時、鋭い剣が私の心臓を狙ってきた。蓮はやむなく私を手放し、私を背後に庇った。反射的な防御に、少しだけ本気が見える。
剣で防ぐと、現れたのは白河 湊だった。白い衣が木漏れ日に溶け込んで、彼の笑みだけがくっきり見えた。
「お前が行かなければ、橘さんは死ぬぞ。皇女の寵愛を得られず、主君の命まで失う気か?」その皮肉は鋭く、言葉そのものが刃だった。
私は湊の馬に引き上げられた。彼の手は温かく、爪の跡が少し痛い。
心臓が早鐘のように打つ。蓮が刺客の攻撃を必死に避けている。汗が光り、土が舞う。
「どうした?まだ見物が足りないのか?」湊のからかう声が耳元に響く。場の緊張を軽やかに切る癖は、相変わらずだ。
「どうしてここに?」私の問いは、半分苛立ち、半分期待。
「さっき君が一緒に過ごそうと言ったから、考えてみて悪くないと思ったんだ。」涼しい顔で言葉を重ねる。
さっき聞こえてなかったくせに!苛立ちが、笑いを誘う。
「人助けしなくていいの?」皮肉を少し薄めて、試すように問う。
「俺の人生のルールは二つ。借りは作らないこと、無駄な血は流さないことだ。君のことでも俺のことでもない。」とんでもない自己紹介だが、彼らしい。私は「何それ?」と心の中で呆れ、湊はすぐに「要するに、誰の味方でもないってこと」と言い換えた。
まったく、湊には期待できない。信用できない部分が、なぜか心強い時もある。
だが、この言葉は古人の口から出るものだろうか。現代の匂いが混じっている。
私は驚いて湊を見つめた。「上上下下左右左右BA?」思わず転生者同士の合図を試す。理系の符丁やゲームの隠しコマンドのようなものだ。
湊は私をじっと見て、「いろはの順番しか知らないよ。」と軽く笑った。十分だった。合図は通じた。
彼も転生者だった!胸の奥が、奇妙に温かくなる。
すぐに侍衛の声が聞こえ、刺客は逃げ去った。森のざわめきが、少しずつ落ち着く。
だが私はこの機会を逃さず、口笛を吹いた。鋭い音が林に広がる。
密林から数十人の侍衛が現れ、刺客たちを取り囲んだ。網が閉じる音が、私には聞こえた。
蓮は血まみれで紗季を抱きしめていたが、私と湊をじっと見ていた。視線に、言葉にならない感情が渦巻いている。
湊は嘲笑した。「まさか皇女殿下が泣いて彼を抱きしめるとでも?」口角の上がり方が、あまりにも悪い。
私は蓮を一瞥し、目をそらした。過去の自分に目を合わすのは、もうやめる。










