Chapter 5: 第5話:紅の狩猟場と嫌いな完璧少年
秋の狩猟は郊外の馬場で行われる。帝国は武を尊び、お父様も馬術で天下を取った。都の未婚の貴公子・令嬢は皆参加できる。赤い旗と白い馬、風の匂いが混ざり合う。
私は鮮やかな紅の騎馬服を選んだ。栗毛の名馬にまたがり、出陣するとちょうど橘 紗季がいた。彼女も同じく紅の衣を着ていた。二人の赤が、森の緑の中でくっきりと浮かぶ。
予想通り、彼女の傍で馬を引くのは銀の仮面をつけた男、その姿は蓮に違いない。仮面は彼の策略の象徴にも見えた。
私は手綱を強く握った。前世、馬を引いてくれたのも蓮だった。だが狩猟の最中、馬が驚いて崖に落ちかけた時、蓮が手綱を引いて私を救った。それで私は完全に心を奪われたのだ。恩を愛と錯覚した。
今思えば、すべて陰謀だった。優しさは計算で、救いは罠だった。
その時、耳元に心地よい男の声が響いた。「皇女殿下、今日はあまりご機嫌がよろしくないようですね。」軽い調子に、ひそかな探りが混ざる。
振り返ると、白い騎馬服の少年がいた。彼は手綱を引き、軽やかに馬に乗った。その姿は雲のように舞い、龍のようにしなやかだった。目の奥に、冗談と計算の両方が見えた。
私は目を細めた。この人は白河 湊、公爵家の嫡男。前世、私が最も嫌っていた人物の一人だ。名前を口にするだけで、舌先に苦みが走る。
理由は簡単、彼は完璧すぎて嫌味だった。学館時代、すべてにおいて抜きん出ていた。私は劣等生で、劣等生は問題が多いもの、彼は特に私をよくからかった。正しさは人を追い詰めることがある。
どんなに美しくても、自分を打ちのめす人は好きになれない。「あなたが来たから、機嫌が悪いのよ。」言葉を毒にしないと、この人には届かない気がした。
私は視線を外し、手綱を緩めて馬を走らせた。風を集めて、彼を置いていく。
だが湊はすぐに追いかけてきた。「婚約者選びなのに機嫌が悪いのか?」軽さは挑発にも似ていた。
私は彼を一瞥した。「今日が婚約者選びだと知っていて、なぜ秋の狩猟に来たの?まさかあなたも婚約者になりたいの?」皮肉で鎧を作り、距離を保とうとする。
湊は吹き出して笑った。「婚約者になれば出世の道は閉ざされる。でもうちは世襲だから、仕官は重要じゃない。」言い方は柔らかいのに、言葉の芯は固い。
私は彼を横目で見て、少し躊躇した。前世、皇帝陛下は彼を私の婚約者にと考えていたが、私は皆の前で拒婚し、蓮を選んだ。あの場の空気の硬さを思い出す。
そのため湊は朝廷の笑い者になった。後に私は蓮を近衛府に入れて父親の事件を調べさせた。湊は何度も蓮の邪魔をした。蓮にとって目の上のたんこぶだった。二人の対立は、私が作ってしまった。
だが城が落ち国が滅びた時、蓮は湊に投降を勧めたが、彼は一人馬で皇城を守り、最後は矢の雨に倒れた。血に濡れた彼の背中を、私は忘れない。
そのことを思い出し、私は素衣の少年を見て、試しに言った。「前途に執着しないなら、私も特に気に入った人はいないし、いっそ一緒になってみる?」軽い調子に隠した本音が、喉の奥で震えた。
私がそう言い終わるや否や、湊は突然弓を引き、私の方へ矢を放った。唐突な行為に、周囲の空気が一瞬止まる。
私は驚いて頭を少し傾けた。すると林の中に驚いた小鹿が現れ、矢はちょうど茂みに刺さった。風切り音が耳の奥で弾けた。
湊は悪びれずに笑った。「いやあ、外しちゃった。皇女殿下、さっき何か言った?」とぼけた顔が、からかいの仮面のようだった。
「……馬に毒を盛られないよう気をつけてって。」自分でも現代くさいと思うセリフが、つい口をついた。
「おお、ありがとう。悪人対策で普段から薬馴らしをしてるんだ。」平然と言い切るあたり、度胸だけは一級品だ。
「……すごいわね。」呆れるしかない。
「お褒めに預かり光栄です。」彼の笑みは相変わらず軽やかだ。
私は本当に頭がおかしくなったのか、湊なんて厄介者に頼ろうと考えた自分が信じられない。人間、追い詰められると判断が奇妙に冴えることがある。
手綱を握り直し、彼の側を素早く離れた。長くいれば馬鹿になりそうだ。距離を置くことも戦術だ。
この狩猟のために私は武芸に秀でた護衛を密かに用意し、周辺で控えめに狩りをしていた。目立たず動く彼らは、万一の網の目だった。
だが不運は避けられなかった。馬が突然驚き、私を密林に連れ込んだ。前夜に点検したばかりなのに――まさか蓮が何か仕掛けたのか?嫌な予感が喉に引っかかる。










