木彫りの祈りと蛍光灯の夜、君の手の温度 / Chapter 9: 第9話:新しい部屋と二度目の酔い夜
木彫りの祈りと蛍光灯の夜、君の手の温度

木彫りの祈りと蛍光灯の夜、君の手の温度

著者: 稲葉 圭吾


Chapter 9: 第9話:新しい部屋と二度目の酔い夜

学校に戻ると、寮はまだめちゃくちゃだった。

神谷は向かい側で私を見ていた。

「まだここに住むつもり?」

木彫りは床に散乱し、ベッドも絵の具で汚されていた。

「俺のマンション、もう一人住んでも平気だよ」

言い方がさらりとしていて、救いが自然な形で差し出された。

私は振り返って彼を見た。神谷は彫りかけの木彫りを宅配箱にしまっていた。

「寝室にはもう一つベッドが置けるし、リビングには作業台も置ける。配信は何時までやってもいい」

神谷は自分でも気づいていないかもしれないが、彼の言葉はとても魅力的だった。

同居人に急に邪魔される心配もなく、好きなだけ物を置けて、深夜まで配信しても文句を言われない。

私は手すりにもたれて彼を見た。「じゃあ、家賃は?」

「家賃はいらない。飯を作ってくれるならそれでいい」

条件が現実的で、優しい。

私はベッドから飛び降りそうになり、すぐに荷物をまとめ始めた。「安心して、台所より背が低い頃から料理してたし、腕は確かだよ」

小さく笑う。自慢できる数少ない分野だ。

神谷は翼の生えた猫の置物を箱に入れ、何も言わなかった。

手つきが丁寧で、それだけで胸が温かくなる。

私の荷物は少なく、神谷が一度運ぶのを手伝ってくれれば十分だった。

木彫りの道具がリビングの作業台を埋め、窓辺には大きな白いモクレンの木があった。

季節の匂いが、部屋の空気を少し柔らかくする。

不満はひとつだけ。ベッドがまだない。

私はネットで折り畳みベッドを探していたが、神谷にスマホを奪われた。

「相原、お腹空いた」

私はひらめいて、すぐにキッチンで三品作った。

フライパンの油が跳ねる音、味噌の湯気、炊いた米の甘い匂い。料理は生活の手触りだ。

神谷はその夜、引っ越し祝いだと言って酒を二本買ってきた。

私は前回の神谷の酔い方を思い出し、なかなか手をつけなかった。

「どうした、酒が嫌い?」

私は酒が飲めないわけではない。私も祖父も酒に強く、ほとんど酔ったことがない。でも神谷は違うかもしれない。

私が黙っていると、神谷は酒を脇に置いた。「従妹も酒が苦手で、前回のバスケ部の飲み会ではココナッツジュースばかり飲んでた。家にもあるはず、取ってくる」

飲み会は商店街の店でやることが多い。甘いジュースの缶を片手に笑っていた彼女の姿が、写真の端にあった。

バスケ部の飲み会?従妹?

私はキーワードをキャッチし、神谷の手を掴んで確認した。「あの集合写真で君の隣にいた女の子?」

神谷は驚いた。「なんで知ってる?」

「たまたまだよ」

嘘の下手さは自覚している。けれど、今はそれで押し切るしかなかった。

神谷は疑わず、同じく一杯飲み、三杯も飲まないうちに酔ってフラフラとバスルームへ行った。

私は心配でドアの前で待っていた。

「バンッ」と大きな音がバスルームから聞こえた。

まさか転んだのか?

私はスマホを握りしめ、恐る恐るバスルームのドアをノックした。

中からは水音が聞こえるだけで、神谷は全く反応しなかった。

私は歯を食いしばり、突入しようとしたとき、和真から一気にLINEが届いた。

【やばい、あいつノンケじゃないぞ。なんで神谷が前の同居人と喧嘩したか知ってる?

【あの時、寮でお前の配信を見ながら悪いことしてたのを同居人に見つかって、一対三で全員を倒した上、親の弁護士をちらつかせて念書を書かせ、示談として一人ずつ数万円を正式に支払って黙らせたんだ。

【やっとの思いで酔わせて本当のことを聞き出した。

【それと、お前、神谷と付き合ってないよな?

【……】

私は横目でメッセージを見て、スマホをぎゅっと握りしめた。これ……本当にあり得るのか?漫画みたいなやり方だ、と内心で呆れつつ、でも神谷ならやりかねないという妙な説得力もあった。

その時、バスルームのドアが少し開き、神谷が突然私を抱き寄せた。

バスルームは湯気で曇り、私は息が詰まりそうだった。

神谷の服は濡れていて、目尻が赤く、すでに酔いが覚めているようだった。

「配信の日、どうしてもキスしたがってたの、俺?」

今度は私が呆然とした。

人は同じ状況を繰り返すと、失った記憶を取り戻せると聞いたことがある。

でも、まさか酔い潰れた人にも当てはまるとは思わなかった。

神谷は思い出したのか?

私はバスルームのドアを掴んだが、神谷は逃げる隙を与えず、さらに問い詰めた。

「そうなのか、相原?」

喉が詰まり、口を開けても声が出なかった。

神谷は突然身をかがめてキスしてきた。

あの日のような抑制はなく、素面の神谷はむしろ激しく求めてきた。

私は首を反らし、また彼の胸に押さえつけられた。

彼の湿った水気が私の体に移り、あちこち濡れてしまった。

私が立っていられなくなるまでキスされ、ようやく彼は私の手からタオルを抜き取り、ゆっくり拭いてくれた。

「どこが濡れた?ここ?それともここ?」

頭の中の二人の自分が激しく戦い、ついに決着がついた。

私は魂が抜けたようになり、どうやって眠りについたかも覚えていない。

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