木彫りの祈りと蛍光灯の夜、君の手の温度 / Chapter 5: 第5話:黒画面の炎上とバレた声
木彫りの祈りと蛍光灯の夜、君の手の温度

木彫りの祈りと蛍光灯の夜、君の手の温度

著者: 稲葉 圭吾


Chapter 5: 第5話:黒画面の炎上とバレた声

夜明け、和真が手足を使って寮のドアを叩いた。

「相原!お前、トレンド入りしたの知ってるか?」

ドアが震える勢いで、眠気が吹き飛ぶ。嫌な予感だけが先行して胸に居座る。

私は神谷の腕の中で目を見開き、しまった!と思った。

慌ててベッドから飛び起き、足がもつれてその場で直立不動になって頭を下げてしまった。

体が先に謝ってしまう。癖みたいなものだ。

和真はパジャマ姿で、髪が爆発したようになり、スマホを私の目の前に突きつけた。

「自分で聞いてみろ!」

画面の黒が鏡みたいに自分を映す。逃げ場はない。

私の配信は毎日せいぜい数百人しか見ていない。トレンド入りなんてあり得ないと思っていた。

私は呆然としながら、字幕付きの黒画面動画を再生した。

私と神谷の変調された声が、左耳から右耳へと抜けていった。

「今は本当にダメ、まだ終わってない、ぐるぐる」

「じゃあ先にやらせてよ」

「昨日ご褒美くれるって言ったじゃん」

「やだ、今がいい」

「……」

揶揄の字幕が勝手についている。悪意は簡単に編集される。

和真は頭をかきながら、腰に手を当ててあたりを探し回った。

「言えよ、どこに野郎を隠した?」

焦りと苛立ちが混じった声。彼なりの守り方だ。

私はまだ録音の衝撃から立ち直れなかった。

喉がひりつく。謝罪の言葉も抗弁も、どちらも出てこない。

昨日、神谷はずっと私の手首を掴んでいて、スマホが床に落ちたときには配信が終わっていると思っていた。

和真はずっと私が騙されるのを心配していたが、こんな大事になった今、ますます相手が計画的だったのではと心配していた。

そのとき、当事者の一人がゆっくり頭を覗かせた。

かすれた声で「録音、本物?」

二日酔いの声。事実確認の一言が、全部を重くする。

悪い知らせ:正体がバレた。

良い知らせ:半分だけ、私の方だけ。

心の中で計算する。救いの要素は、わずか。

私は和真と夜ご飯を約束し、なだめすかして彼を帰らせた。

「夜、ちゃんと話す。だから今は帰って」繰り返して、どうにか押し戻す。

振り返ると、神谷は黒いパーカーを着てベッドから降りていた。

彼はこめかみを揉みながら、録画の再生バーを何度も行き来させた。

指が早い。目線は冷静と焦りの間を行ったり来たりしている。

「昨日、誰かを寮に連れてきたのか?」

やはり昨日のことは覚えていなかった。

私は彼のためにほっとした。自分が酔って人にキスをせがんでいたと知ったら、きっと恥ずかしいだろう。

動画には椅子を引く音がはっきり入っていた。

神谷は自虐的にもう一度再生し、椅子を蹴りながら低く罵った。「くそ、つまり昨日俺が酔った後、お前らはここで……」

言葉の先が、想像で黒く塗りつぶされていく。

「俺、寝てる間に旦那扱いになってたみたいだ」

冗談めかしていても、笑えない。間の悪いユーモアは、空気を固めるだけだ。

私は壊れたスマホを拾い上げ、どうしていいか分からず彼を見つめた。

視線を合わせると、余計に言葉が遠のく。

その夜、学校近くの商店街のベンチで。

和真は唐揚げをかじりながら席から飛び上がった。

「何だって?誰だって?」

油の匂いと驚きが混ざる。通行人がちらちら見る。

私は慌てて彼を座らせ、声をひそめた。「声を抑えてよ、内緒にするって約束したでしょ」

内緒は、守るのが難しいほど価値がある。

和真は唐揚げを置き、空気を噛んだ。「内緒はいいけど、神谷にも言わないなんて、何がしたいの?恋愛ドラマの真似?」

彼の言う「ドラマ」は、だいたい私の苦手分野だ。

私はグループLINEのバスケ部の集合写真を見せた。

「彼はノンケだし、余計なことは避けたい。彼は酔って記憶がないし、それでいい」

自分でも薄い理屈だと分かっている。けれど、それしか持っていなかった。

すると和真は冷笑した。「腕を組める女友達なら800人いる。俺もノンケか?」

数字の誇張に苦笑する。核心は、そこじゃない。

和真は目を細めた。「この件、俺に任せろ。神谷が本当にノンケかどうか、見極めてやる」

彼の目はいつも、私のためだ。頼るのは苦手でも、ありがたい。

あなたへのおすすめ

君の手が頬に触れた夜、運命に抗う僕らの距離
君の手が頬に触れた夜、運命に抗う僕らの距離
4.6
目覚めた時、隣には四年間密かに想い続けてきた天宮先輩がいた。複雑な家同士の思惑、オメガへの分化、消せないマーキングと心の傷。帝都防衛アカデミーでの絆は、静かに、そして激しく揺れる。家族や政略の重圧の中、雨の夜に交わされるひとつの傘、残された言葉、遠ざかる背中。雪原の爆発と拘置区の壁の向こうで、二人の距離は今も測れないまま。最後に彼の手が頬に触れたとき、心は何を選ぶのだろうか。
証拠としきたりの間で、静かな大晦日に溶けていく
証拠としきたりの間で、静かな大晦日に溶けていく
4.7
初めての大晦日、夫・健太と共に佐伯家へ帰省した玲華。親族の集まりで、姑・富子やその姉・芳江から押し付けられる「しきたり」と、地方特有の空気に戸惑いながらも、玲華は自分の家系と記録へのこだわりで静かに対抗する。証拠を積み重ね、感情に流されず淡々と事実を示す玲華の姿は、やがて家族の空気を変えていく。年越しの騒動と朝の雑煮作りのなか、互いの距離が少しずつ揺れ動く。紙袋の温度や紅白歌合戦の音が、静かな年の終わりを照らす。二人の時間は、これからどこへ向かうのだろうか。
凌雲橋のほとり、消えぬ魂と約束の夜
凌雲橋のほとり、消えぬ魂と約束の夜
4.9
霞が関地下の異能者行政「高天原」で働く神代 蓮は、三年前の祝賀会でかつての仲間四人と再会した。西域遠征を経て戻った彼らは、かつての面影を失い、それぞれが異なる痛みと秘密を抱えていた。葛城の精神の謎、猿渡の失われた感情、猪熊の静かな死、沙川の慟哭——すべては霊山会と特務機関、そして見えざる上層部の策謀に絡め取られてゆく。心の奥に残る疑念と嫉妬、別れと再会の記憶。組織と己の間で揺れる蓮は、仲間とともに運命に抗い、最後にはそれぞれの選択を静かに受け止めていく。月明かりの下、すべてが終わったはずの夜に、再び小さな灯りが揺れる——それは本当に終わりなのだろうか。
冬の港に影が落ちて、春の光が射すとき
冬の港に影が落ちて、春の光が射すとき
4.9
形だけの結婚生活に終止符を打つ日、静かな丘の街に冬の気配が忍び寄る。幼なじみとして二十年寄り添った小雪との別れは、静かで痛みを伴うものだった。湊は母の看病や離婚の現実に揺れながらも、自分を大切にしてくれるひよりの温かさに少しずつ心を解かれていく。すれ違い、諦め、そしてようやく訪れた新しい愛のかたち。遠ざかる影と、差し込む光。そのどちらも胸に残したまま、湊は静かに歩き出す。 本当に、大切なものはどこにあったのだろうか。今度こそ、自分の幸せを信じていいのだろうか。
雪解けを待つふたり、帝都の灯が揺れる夜に
雪解けを待つふたり、帝都の灯が揺れる夜に
5.0
家の没落と共に、愛のない政略結婚を受け入れた小夜子。冷え切った夫婦生活の中で、彼女は夫・柊征二の寡黙な優しさに気づかず、孤独と諦めに沈んでいた。死を選んだ先で彼の深い悲しみを目の当たりにし、生まれ変わった小夜子はもう一度だけ彼と向き合う決意をする。時は大正、帝都の冬。過去と未来が静かに交差し、二人はようやく心を重ね始める。幸福はいつも手のひらの温度の中にあるのだろうか、それとも雪解けを待つしかないのだろうか。
雨と雷の間で、魂はどこへ還るのか
雨と雷の間で、魂はどこへ還るのか
4.7
雨上がりの河川敷、私は妖怪として人間の世界を静かに見下ろしていた。弟子に宝珠を奪われ、最愛の人も失い、流れ着いた先で双葉という愚直な女と出会う。久我家の本邸に入り込む陰謀と、血筋に絡まる呪い、欲望と愛が絡み合い、誰もが自分の居場所を探し続ける。失われた魂、封じられた記憶、そして救いのない運命の中で、双葉は静かに自分の道を選んでいく。雨音と雷鳴の間に、誰の願いが叶うのだろうか。人も妖も、未練を抱えて生きていくしかないのかもしれない。
身代わり花嫁、鈴の夜に抱かれて
身代わり花嫁、鈴の夜に抱かれて
4.9
十九歳で名家の身代わり花嫁となった麻衣。盲目の御曹司との初夜、足首に結ばれた鈴が運命を変えていく。家族の策略、女の戦い、そして禁断の恋。彼女の涙と覚悟が、愛と裏切りの渦に呑み込まれていく。
ジャスミンの香りが消える夜、もう一度だけあなたを思い出す
ジャスミンの香りが消える夜、もう一度だけあなたを思い出す
4.8
二か月前から彼氏との連絡が途絶えた美桜は、平凡で目立たない自分に自信を持てずにいた。彼の裏切りを目の当たりにし、静かに涙を流しながらも、誰にも弱音を吐かず大阪で新たな生活を始める。しかし、過去の恋と未練が心の奥で疼き、思いがけず危険に巻き込まれていく。そんな美桜の前に現れたのは、かつては遠い存在だった工藤仁。彼の腕の中で、少しずつ自分の居場所を見つけていく。ジャスミンの香りに包まれながら、過ぎ去った日々とこれからの未来を静かに見つめる美桜の選択とは——それは本当に「幸せ」と呼べるのだろうか。
雪の果て、私だけの自由を求めて
雪の果て、私だけの自由を求めて
4.8
名家・東条家に嫁いだ沢良木涼は、商家の娘としての実利と知恵を持ちながらも、体面を重んじる家族に冷たく扱われ、やがて裏切りと孤独の果てに命を落とす。しかし再び生まれ変わり、今度こそ自分のために生きることを誓う。北海道への流刑の旅路で、家族の偽善や弱さ、欲望の本質を静かに見つめ、やがて自身の手で新たな人生を切り開いていく。雪に閉ざされた大地で、失ったものと得たものの重みを胸に、涼はもう誰にも頼らず歩き出す。人は本当に過去を超えられるのだろうか。彼女の選択が、静かな余韻を残す。
彼の唇が白くなる夜
彼の唇が白くなる夜
4.7
春の静けさに満ちた救急外来に、真っ赤な肌の若い男が現れ、独り立ちしたばかりの私の胸は一拍だけ速く跳ねる。彼と彼女の不安を受け止めながら原因を追う中、イナゴの串焼きと急降下する血圧が夜を緊張で満たす。外来か処置室か——その判断が、彼の夜と彼女の手の温度を左右する。