Chapter 4: 第4話:酔った彼と配信中のご褒美
夜になっても、神谷はまだ帰ってこなかった。
グループLINEにメッセージが流れ、今日はバスケ部の飲み会があると知った。
写真の絵文字と乾杯のスタンプが画面を踊る。自分とは違う世界の賑わい。
神谷は真ん中に囲まれ、頬を赤らめ、かなり酒を飲んだようで、女子学生に腕を絡められていた。
ぼんやり眺めていると、一日手を合わせたのも無駄になった。
胸の奥がざわざわして、木の年輪みたいに広がっていく嫉妬の輪。
彫刻刀を投げ出し、配信を早めに切ろうとしたとき、神谷がふらふらとドアを開けて入ってきた。
前髪が垂れ、目は潤んでいて、水の中からすくい上げられたみたいだった。
私は目を合わせることすらできなかった。
見てしまえば、崩れる。そう思った。
神谷はよろよろと椅子に座り込んだ。
心臓が激しく乱れ、私は再び椅子に座り直し、自虐的にウサギの耳をヤスリで削った。
無心になろうとしても、ヤスリの目から意識が逃げていく。
コメントがどんどん流れていく。
【やば、毎日テンション高すぎ。アシスタントまで巻き込んでるじゃん】
【前の人、もしかしたらただの友達かもよ?そんなこと言うのはどうかと】
軽口も心配も、画面の向こうは自由だ。こちらの心の方が不器用。
私は手を止めて、コメント欄に訂正を打ち込んだ。
「アシスタントじゃなくて、同居人です。みんな、変なこと言わないで」
画面に打ち込む指が少し震えた。線を引くのは、今だ。
神谷はもう理性がほとんどなく、私のその言葉がキーワードを引き起こすとは知らずにいた。
神谷はよろめきながら立ち上がり、私を椅子ごと引き寄せた。
椅子の脚が床をきしませる。全身が持っていかれる。
私は一瞬でカメラから消え、慌てて言い訳した。「まだ配信中なんだけど」
視聴者の存在が薄れていく。目の前の「彼」が、画面の全てを塗りつぶす。
でも酔っ払いに理屈は通じない。
神谷は力を抜き、私の胸に倒れ込み、口の中で「ご褒美、ご褒美ちょうだい」と繰り返した。
甘える音程が、刃物より鋭い。
少し離れたところでスマホはまだ配信中だった。
黒い画面でもコメントは流れ続ける。止めたいのに、手が塞がっている。
私は唇を噛みしめ、「今は本当にダメ、まだ配信終わってない……」
言葉が震える。自分の声が知らない人みたいだ。
神谷の酒臭い息が首筋にかかり、まるで甘えているようだった。
神谷は私の両足をしっかりと挟み、私は全く動けなかった。
彼は手を私のベルトに当て、「ご褒美くれるって約束しただろ」と言った。
「今、ちょうだい」
言い方は子どもみたいなのに、重みは大人だった。
スマホがガシャンと床に落ちた。
落ちた音が終わりの合図みたいに響く。私の理性の方が先に割れそうだ。
神谷は私の上に覆いかぶさり、無邪気な顔で見上げてきて、繰り返す。
「ご褒美ちょうだい」
目の中の光が、私の思考を焼く。
私はベルトを必死で握り、気が狂いそうだった。
何度も何度も、限界線を握り直す。手のひらが汗で滑る。
和真はノンケとは距離を取れと教えてくれたが、ノンケに襲われたときはどうしたらいいか教えてくれなかった。
私は彼にじっと見つめられ、どうしようもなくなり、問いかけた。
「どうやってご褒美をあげればいいの?」
自分でも驚くほど素直な言葉が出た。限界の時は、嘘の余裕がなくなる。
神谷は私の唇を指でなぞり、さらに指を上に滑らせた。
「分からないの?ん?」
指先が、境界を軽々と越える。体が勝手に反応する。
これでいいのか?
本当にこれでいいのか?
神谷はもう記憶が飛んでいるはずだ。
なら今夜何があっても、彼は……
言葉の続きが喉にひっかかる。卑怯な考えが顔を出す。
頭の中に警報が鳴り響き、私は必死で頭を振った。
目を開けると、神谷は私の上で寝ていた。
まるで共犯になろうとしたのに、相手が実は潜入捜査官だったみたいな無力感に襲われた。
私は「ノンケを悪い方向に引きずり込む」計画を急遽撤回し、真面目に彼をベッドに運んだ。
全て終えたときには、すでに深夜一時だった。
神谷は寝返りを打ち、大きなぬいぐるみのように私にしがみついた。
私はもがいたが、全く動けなかった。
もういいや、これで。
本当に疲れ果てて、ノンケだのなんだの、もうどうでもよくなった。
最後は神谷の髪を噛みながら眠りについた。
夢も見なかった。
静けさが、久しぶりに優しかった。










