木彫りの祈りと蛍光灯の夜、君の手の温度 / Chapter 2: 第2話:ノンケの試練とバレたくない恋
木彫りの祈りと蛍光灯の夜、君の手の温度

木彫りの祈りと蛍光灯の夜、君の手の温度

著者: 稲葉 圭吾


Chapter 2: 第2話:ノンケの試練とバレたくない恋

翌日の配信が終わる頃にも、神谷はまだ帰っていなかった。

安心したような、空虚なような。コメント欄の温度で自分の心拍をなだめる。

私は和真にLINEを送った。【もし、あくまでもしだけど、男の人の夢を見たら、それってどういう意味?】

指が勝手に打つ。「あくまで仮定」と逃げ道を用意する。既読がつくのが怖くて、画面を伏せた。

和真はスリッパ姿で寮のドアを蹴飛ばして入ってきた。「相原直(あいはら なお)!ついに目覚めたか?!言え、どこの野郎だ?」

乱入の仕方がいつも雑だ。けれど、友達の雑さは安心の証拠でもある。

彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに、神谷がその背後に現れた。

空気が一瞬で冷える。場面転換の早さに、心の準備が追いつかない。

彼はグレーのパーカーをかぶり、顎のラインがより鋭く際立ち、目を細めていた。「野郎?」

語尾の少しの棘が、部屋の狭さに響く。視線が重くて、呼吸が浅くなる。

私は慌てて和真の口を塞ぎ、外へ引っ張り出した。「いや、その……」と視線を逸らしながら。

扉が閉まる瞬間まで、背中に視線を感じる。心臓がドアノブみたいに回り続ける。

以前は寮に私一人しかいなかったから、和真も気が大きくなっていた。神谷の登場に驚き、心配そうに私に尋ねた。

「お前、俺とは違ってバレるのが一番怖いんだろ、どうする?神谷は言いふらさないかな?」

風除室の冷気の中でも、彼の声は熱かった。守ろうとしてくれる温度が、ありがたくて痛い。

私は彼の肩を軽く叩き、安心させた。「大丈夫、心配しなくていいよ。彼は余計なことに首を突っ込むタイプじゃなさそうだし」

言い聞かせるように言って、自分にも効かせる。根拠は薄いが、直感はそう告げていた。

私が顔を赤くしていたのは、神谷に自分が男好きだと知られるのが怖かったからじゃない。

怖いのは、神谷に自分が密かに思いを寄せている「野郎」が彼自身だと知られることだった。

こんなこと、どんなノンケでも気まずいだろう。

胸の奥がじわりと熱を持つ。言葉にしてしまえば壊れる気がして、唇を噛んだ。

私は和真を寮に送り届け、自分の部屋に戻ると、神谷はすでにベッドに入っていて、黒いカーテンを隙間なく閉じていた。

カーテンの黒が、境界線をはっきりと示している。近づくな、という無言のサインみたいに。

私はベッドで寝付けず、また彼の夢を見るのが怖かった。

夢は正直すぎる。現実よりも、生々しい。

そのとき、スマホが震えた。昨日「おやすみ」と返してくれたファン「L」からメッセージが届いた。

画面の名前は味気ないアルファベット。なのに、私には救急箱みたいな存在だった。

【恋人ができたの?】

私は疑問符だけ送った。このことは和真以外、誰にも話していないはずだ。

目を丸くする。見られている、ということを今さら思い出す。

相手はすぐに返信してきた。【今日の配信、鼻歌歌ってたよ】

指摘されて初めて、自分が本当にそうしていたことに気づいた。

気づいた瞬間、頬が熱くなる。鼻歌なんて、無意識の証拠だ。

私の配信は基本的に作業台だけを映し、せいぜい手元が見える程度で、話すことも少なく、鼻歌なんて今までなかった。

沈黙の配信。だからこそ、木の音が際立っていた。そこに心の音が混ざってしまったのだ。

ノンケに一目惚れして、報われない片思い……それも恋なのか?

言葉にすれば、形が見える気がした。痛い形だ。

しばらく悩んで、【秘密だよ】とだけ打ち込んだ。

秘密は、言うことで少し軽くなる。けれど、重さの種類は変わらない。

「バンッ」と音がして、神谷のベッドから鈍い音がした。

心臓が跳ねる。刃物を持たない手が勝手に動いた。

私は慌てて起き上がり、カーテンをめくった。「大丈夫?」

問いかける声が上ずる。勝手に心配が先走る。

神谷は上半身裸で私に背を向け、肩幅が広く、ウエストは細い。

私は必死にカーテンを握りしめ、半分だけ顔を覗かせた。

情けないことに、鼻血が出そうだった。

自分の視線を叱る。見ない。見ない、のに見てしまう。

神谷は眉をひそめ、やや不機嫌そうに言った。「大丈夫だよ。寮に他人を連れ込んじゃダメって知ってるよな?」

声だけは落ち着いていた。ルールを言う時の彼は、いつも短い。

私はやっと気づいた。彼は和真の話を理解していて、私に譲歩してくれているのだ。

つまり、私が男好きでも構わないけど、人を連れ込むのはダメだということ。

彼は本当にいい人だ。もっと好きになってしまいそうで、どうしよう。

胸がじわっと広がって、収拾がつかない。好きには手すりがない。

和真が言った通り、誰にでもノンケの試練があるものだ。

笑って流せる試練じゃない。日常に紛れた、でこぼこだ。

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