夜景に沈む二人、計算された別れと静かな後悔 / 第7話: 優しい妻の仮面が剥がれた瞬間
夜景に沈む二人、計算された別れと静かな後悔

夜景に沈む二人、計算された別れと静かな後悔

著者: 寺田 光


第7話: 優しい妻の仮面が剥がれた瞬間

近藤も黙り込み、陰鬱な顔で座っていた。目の奥に潜むものは、後悔ではなかった。

「あなた、ごめんなさい。私が間違ってた。離婚なんてやめましょう?」しばらく沈黙した後、優花は私の手を取ろうとし、許しを請うた。手は温かいのに、心が遠い。

「優花、教えてくれ。結婚はそんなに軽いものなのか?」私は優花の手を避け、静かに尋ねた。問いは落ち着いていたが、心は荒れていた。

優花は呆然とした。視線が宙をさまよう。

「今朝、部署廃止の知らせを聞いて、私も失業すると思った」「まさか君がこんなに早く離婚届まで用意していたとは」「優花、君は私に教えてくれた。私が年収1000万円稼げる時は、君は優しい妻だった」「でもそれを失った瞬間、君はすぐに離れようとし、財産分与まで計算し尽くした」「貧乏暮らしはしたくない――本当に分かりやすい。明日失業したら、すぐに物乞いでもすると思ったのか?」「今は年収2000万円だと分かったから、もう貧乏暮らしは心配ない?離婚したくない?」「優花、今夜の君の行動で、美しい外見の下にある醜い心が見えたよ」そう言い、自嘲気味に笑い、ふと自分が哀れに思えた。笑いはすぐに消えた。

この世で、全身全霊で尽くした相手に計算されていたと気付くほど虚しいことはない。しかもそれが最も身近な人間だった場合は。胸の奥が、空洞になったようだった。

「早見さん、ごめんなさい。許して。あなたは細かいことを言う人じゃないでしょ?」優花は突然座り込んで顔を伏せ、私の袖を掴んで泣き出した。涙の重みが、膝から伝わった。

「許し?優花、もし間違いが一言の『許して』で済むなら、正しいことに意味はあるのか?」「君は大人だ。自分の言動には責任を持つべきだ」「さっきの決然とした態度を見せてくれ。私を失望させないでくれ」私は情け容赦なく優花の手を振り払った。手から温度が逃げていった。

「やめて!今夜のことは誤解だったことにして、もう二度とこんなことしない。約束する!」優花はなおも深く頭を下げて誓った。約束は、今は紙より薄い。

「優花、ここまで来て、私が君を信じられると思うか?」「もし1年後、2年後にまた失業したら、今夜と同じことが起きるだろう」「分かったよ。私たちの結婚が2年続いたのは、私が君に良くしたからじゃなく、私の収入が高かったからだ」「君の親友が何を吹き込んだか知らないが、彼女の『損切り』という言葉には一理ある」「金でしか繋がれない結婚なら、早く終わらせた方がいい。後で苦しむよりましだ」

私は近藤を見て、彼女もある意味で私にとっては恩人だと思った。少なくとも、優花の本性を見抜くきっかけをくれた。皮肉な恩だが、恩は恩だ。

苦楽を共にできない女を、これ以上そばに置く意味はない。冷たい結論が、静かに落ちた。

優花が離婚を切り出した時は、必死に引き止めようとした。だが今は、むしろ私が離婚を望んでいる。目の前の現実が、私の背中を押した。

「恵美、恵美……」優花はうわごとのように親友の名を繰り返した。依存の音が、空気に滲む。

「……私、帰るわ」近藤は事態の異変に気付き、逃げ出そうとした。だが騒動の張本人である彼女を、優花が逃がすはずもない。腕が伸び、彼女のバッグを掴んだ。

「全部あなたのせいよ!あなたが離婚を勧めなければ、こんなことにはならなかった!」「今になって責任逃れ?そんな都合のいい話はないわ。あなたが私の夫を返して!」優花は近藤を引き止め、叫んだ。涙と怒りが混ざって、言葉が滲む。

「私のせいじゃないわ。私は早見さんがリストラされたって教えただけ。離婚を決めたのはあなたでしょ」「彼はあなたの夫。離婚したくなければ、私が無理やり離婚させられるわけないじゃない」「感謝してたくせに、今度は私を責めるの?何なのよ!」近藤は目をむいて責めた。顔は強がっているが、声は揺れていた。

本当に類は友を呼ぶ。感情の色が、似た者同士を寄せてしまう。

いくら親友でも、自分の利益が絡めば、あっさり手のひらを返す。悲しいほど分かりやすい。

「どうしてあなたのせいじゃないの?この数日、ずっとあなたが私の耳元で離婚を勧めてたじゃない!」「早見さんが失業する、今の雇用環境は厳しい、家のローンで潰れる、若いうちに決断しろ、人生を無駄にするな――全部あなたが言ったことよ!」優花は近藤を放さず、怒りをぶつけた。言葉は刃物より鋭い。

私は傍観しながら、この親友同士の修羅場を見ていた。今は口を挟むより、黙って見ていた方がいいと直感した。

近藤はどこで私がリストラされると知ったのか?私自身、今日の朝に初めて知ったばかりなのに。不自然さが、胸の奥で警鐘を鳴らす。

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