第5話: 皮を剥がれる夫、損切りされる結婚
「パチパチパチ!」私は立ち上がって拍手した。優花と近藤は困惑した様子で、私の行動の意味が分からないようだった。皮肉の拍手は、乾いた音だけが響いた。
「優花、君がこんなに計算に長けていたとは知らなかったよ。この計算、見事だね」「さっきまでは君の打算が目の前で火花を散らしてる程度だと思ってたけど、実際は桁が違ったな」私は皮肉を込めて拍手し続けた。言葉の端々に、哀れみが混じる。
財産分与の計算は、私の想像を超えていた。想像はいつも現実に負けるが、今日は特に酷かった。
結婚当初、私には多少の貯金があった。優花の銀行口座を全部合わせても5万円に満たず、クレジットカードの支払いにも足りないほどだった。結婚費用は全て私が負担した。本来は全額で3LDKか2LDKの家を買うつもりだったが、優花は一生に一度の結婚だし、将来子供ができたら小さい家は不便だと主張した。私は結婚の喜びに浮かれ、優花の言う通りにした。
優花が大きな家を望むなら、そうしようと。それでローンを組んでこの家を買い、車も買った。この2つで、私の貯金はほぼ消えた。幸い収入は十分あり、ローン返済も苦ではなかった。だがローンを払い始めて2年、優花は残り28年分の利息まで計算に入れてきた。未来の利息まで、私の「今」に突きつけてくる。
優花が要求する財産分与の額は、もう一軒家が買えるほどだ。車は購入価格で半分、家は購入時の価格を基準に半分、宝飾品は全て優花、さらに5年分の解決金。高利貸しでもこんなに厳しくないだろう。笑い話にすらならない。
「何よ、その言い方。私があなたから金を巻き上げてるって言いたいの?」「家も車も結婚後に買ったんだから、夫婦の共有財産よ」「共有財産は半分ずつが当然。私は一銭も多く要求していない。家庭裁判所で調停しても私たちが正しいわ!」近藤はまた火に油を注ぐ。彼女の正義感は、なぜかいつも自分にだけ都合が良い。
「いいよ、じゃあ家庭裁判所の調停で決めよう。調停でこの“購入時価格ベース”の計算が通るか見てみたいね!」私は鼻で笑った。調停委員にこのエクセルをどう説明するのか、逆に興味すら湧いた。
「早見さん、これが本性なのね?金のために細かく計算して、私と調停までするつもり?」「夫婦の情ってものがあるでしょう?少しは情を考えないの?」優花はまるで大きな被害を受けたかのように、涙を流し始めた。涙が、ここでは演出にしか見えない。
「優花、その言葉、良心が痛まないのか?本当に金に執着してるのは誰だ?」「私が失業して稼げなくなり、今までのような自由な生活ができなくなったから、離婚を迫るんだろう?」「君が言う財産分与、それは私の皮を剥ぎ、肉を削り、血まで吸うことだ!」私はテーブルを叩きながら怒鳴った。音がリビングにこだまし、夜景が一瞬、影を濃くした。
以前なら、優花が不機嫌だとすぐに慰めていた。だが今は、そんな気も起きない。慰めるべき相手を間違えている気がした。
この2年間の私の全ての努力は、犬に食わせたようなものだった。そう思ってしまう自分が、悲しい。
優花がこれほどの条件を突きつけてくるのは、世間のいわゆる金目当ての女と何が違う?いや、それ以上だ。言葉を選べば選ぶほど、吐き気がした。
結婚後、家計は優花が握っていた。私の手持ちの金はスマホに数千円だけ。優花が要求する数千万円、どうやって払えというのか。
車を購入価格で分けるのは、相場を知らないからだろう。宝飾品も全て優花が持っていくのは仕方ない。だが家は?現実の相場を見ようともしないのか。
購入時の1億円を基準に半分よこせと言いながら、今の市場価格の下落には目を向けない。純資産はせいぜい2000万円だというのに、彼女は“1億円−ローン残高”で4500万円と見なし、その半分の2250万円を現金で要求している。
今すぐ家を売っても、ローン残債を差し引けば手元に残るのはせいぜい2000万円。家も車も売って全て優花に渡しても、結局は不足分を借金で埋めるしかなくなる。これはもう財産目当てどころか、命まで取ろうとしている。
もし優花の条件で離婚届にサインしたら、その瞬間私は破産だ。数千万円の借金を背負い、一生這い上がれなくなるかもしれない。湾岸エリアの夜景が、美しい分だけ皮肉だ。
この2年間の結婚生活がもたらしたものは何だったのか。借金だけなのか。問いは繰り返し、答えは出ない。
「まだ文句があるの?タダで済ませようなんて甘いわよ。私を2年間タダで抱いてたと思うな!」「この金は絶対に払ってもらうから!」近藤もテーブルを叩いて叫んだ。言葉の品位は、どこにも見当たらない。
「近藤さん、口を慎め。何が『タダで抱いた』だ?私と優花は金銭取引だったのか?」私は近藤を睨み、怒りが頂点に達した。喉の奥が熱い。
近藤の発言は優花にも侮辱的だったのか、優花は近藤を引っ張った。だが、今さら守るべきものは何なのか。
「じゃあ、どうしたいの?」しばらく黙った後、優花は妥協し、私の意見を聞くことにした。声は少し柔らいだが、芯は冷たかった。
「優花、ここまで来たら、もう結婚を続ける意味はない」「離婚も財産分与も、君の言う通りでいい」「でも君が提示した金額は受け入れられない」「私の提案は、家も車も全部売って、得た金を半分に分けることだ」私は自分の考えを伝えた。公平という言葉を、ここで初めて真っ直ぐに置く。
今夜の騒動で心底疲れ果て、もう損得を考える気力もなかった。優花が離婚したいなら、公平に別れよう。これしかない。










