第1話: 年収一千万夫、離婚と破産の宣告
妻・早見優花が、私が年収1000万円の仕事を失ったと思い込んだと知るや否や、親友の近藤恵美にそそのかされ、堂々と離婚と財産分与を突きつけてきた。湾岸エリアの夜景が滲むガラス越しに、彼女の言葉は喉の奥がきゅっと縮むほど冷たく、胸の奥に重く沈んだ。私は――早見宗一郎。この二年、仕事に打ち込み、家庭を守ってきた自負がある。……それなのに、彼女の口から出てきたのは、別れという二文字だった。
「……このタワマン、買ったときの総額は1億円。湾岸の角部屋だし、価値は落ちないって私は思ってるの」
「頭金は20%、住宅ローンは30年。私は専業主婦だからローンは払えない。家はあなたにあげるから、ローンはあなたが払い続けて」
「だから財産分与は『購入時の価格1億円−今のローン残高』で純資産を出して、その半分を現金で欲しいの。ざっくりでいい、2250万円」
「端数はいいわ。2250万円ちょうどで」
優花の計算を聞きながら、私は思わず冷笑してしまった。目の前のノートPCには、彼女が作ったエクセルの表が開かれている。行と列が細かく積み上げられ、まるで会社の損益計算書のように「夫」「妻」「共有」と色分けされていた。
私たちが住んでいるこの湾岸エリアのタワマンは、ここ2年で不動産価格が下がっている。購入時は総額1億円だったが、今の相場は7千万円台まで落ち込んだ。つまり、この家の現在の実勢価格はせいぜい7500万円程度しかない。
今すぐ家を売っても、ローン残債や仲介手数料、抵当権の抹消費用などを差し引けば、手元に残るのはせいぜい2000万円にしかならない。家も車も売って、すべて優花に渡せば、現金は尽きる。さらに不足分は借り入れで埋めるしかないという現実だ。ローン残高はまだ5500万円ほど残っているし、売却想定額からそれを引いても純資産はわずか。そこから「純資産の半分を清算金として優花へ要求→不足分が借金化」という理屈だ。現実を積み上げていくほど、息が詰まる。
利息まで考慮しなくても、手元資金では到底賄えず、数千万円単位の負担がのしかかる計算になる。頭の中で返済予定を弾きながら、現実の重さに息が詰まった。
もし優花の条件に同意して離婚届にサインしたら、その瞬間私は実質的に破産だ。湾岸エリアの夜景は相変わらず煌めいているのに、私の視界だけが暗く沈んでいく。
――では、この2年間の結婚生活が私にもたらしたものは?借金だけなのか?心の中で問いかけても、答えは冷たい沈黙だった。










