君に手を伸ばすために、もう一度だけ春に還る / 第6話:義妹送還計画と席替えの宣言
君に手を伸ばすために、もう一度だけ春に還る

君に手を伸ばすために、もう一度だけ春に還る

著者: 菊地 悠


第6話:義妹送還計画と席替えの宣言

翌朝。山手の空は、淡い光で薄く輝いていた。

母は階下で俺を待っていた。厳しい表情で言う。「ミナト、坂本叔父さんが支社長を解任されることになった。エレナをあちらに戻して、もっと一緒に過ごさせようと思うが、反対するか?」言葉は淡々としていたが、その裏には決意があった。

俺は首を振った。むしろ嬉しかった。胸の奥で、小さな針が音を立てた。

前世では、坂本叔父さんは支社長として大きなミスをし、父に解雇された。立場と責任の重さに、彼は潰れた。

母が「解任」と言うのは、長年グループに尽くしてくれた顔を立てるためだ。九条家は、表の言葉を選ぶ。

さらに、重大な不祥事で懲戒解雇となり、退職金も出ず、役員責任の一部について民事で損害賠償請求が認められた。その支払いが重くのしかかり、家計が逼迫していった。肩に乗る数字は、人の形を変える。

「お母さんの考えに従うよ。妹も長く一緒に過ごしていなかったし、きっと向こうも会いたいはず。」声に迷いを混ぜないように、ゆっくりと答えた。

エレナは十数年も我が家で贅沢な暮らしをしてきた。坂本家に戻れば、贅沢から質素への苦しみを知るだろう。初めて、足元を見ることになる。

母は安堵の表情を浮かべた。目元の緊張が少し緩んだ。

俺は母に「この話はまだエレナに言わないで、決まるまで待って」と伝えた。静かに、確実に進めるほうがいい。

高いところから落ちて初めて痛みがわかる。痛みは身に沁みてこそ、学びになる。

今すぐ戻すのは早い。もうしばらく最後の幸せを味わわせてやればいい。極端な温度差が、彼女の目を開かせる。

俺の態度が変わったのを見て、母は再び厳しい表情になり、俺が本当に賛成しているのか疑っているようだった。母は俺の心の温度を、いつも測ろうとする。

俺は弁解せず、「もう遅刻しそうだから、栞を迎えに行ってくる」と明るく言った。声に少しだけ弾みを乗せる。

昨晩、朝に栞を送ると約束したら、彼女はとても嬉しそうだった。小さなメッセージに、彼女の笑顔が透けて見えた。

この章はVIP限定です。メンバーシップを有効化して続きを読む。

あなたへのおすすめ

冬の港に影が落ちて、春の光が射すとき
冬の港に影が落ちて、春の光が射すとき
4.9
形だけの結婚生活に終止符を打つ日、静かな丘の街に冬の気配が忍び寄る。幼なじみとして二十年寄り添った小雪との別れは、静かで痛みを伴うものだった。湊は母の看病や離婚の現実に揺れながらも、自分を大切にしてくれるひよりの温かさに少しずつ心を解かれていく。すれ違い、諦め、そしてようやく訪れた新しい愛のかたち。遠ざかる影と、差し込む光。そのどちらも胸に残したまま、湊は静かに歩き出す。 本当に、大切なものはどこにあったのだろうか。今度こそ、自分の幸せを信じていいのだろうか。
お年玉とギフトでつながる約束——都会の片隅で君ともう一度
お年玉とギフトでつながる約束——都会の片隅で君ともう一度
4.8
子どもの頃、何気なく交わした「大きくなったら結婚する」という約束。その言葉は、時を超え、都会の片隅で再びふたりを結びつける。見栄っ張りでお世辞ばかりの春斗と、冷静で優しさを隠し持つ小雪。お年玉やギフト、数字でしか示せない不器用な誠意と、すれ違いながらも少しずつ近づく距離。家族や猫たちに囲まれた静かな日々の中、ふたりの関係は少しずつ変化していく。約束の重み、過去の記憶、そして新しい命の気配。——この幸せは、本当に手に入れていいものなのだろうか。
君の手が頬に触れた夜、運命に抗う僕らの距離
君の手が頬に触れた夜、運命に抗う僕らの距離
4.6
目覚めた時、隣には四年間密かに想い続けてきた天宮先輩がいた。複雑な家同士の思惑、オメガへの分化、消せないマーキングと心の傷。帝都防衛アカデミーでの絆は、静かに、そして激しく揺れる。家族や政略の重圧の中、雨の夜に交わされるひとつの傘、残された言葉、遠ざかる背中。雪原の爆発と拘置区の壁の向こうで、二人の距離は今も測れないまま。最後に彼の手が頬に触れたとき、心は何を選ぶのだろうか。
初雪の日から、白髪になるまで一緒にいよう――僕が“当て馬幼馴染”だった世界の果て
初雪の日から、白髪になるまで一緒にいよう――僕が“当て馬幼馴染”だった世界の果て
4.8
仙台の灰色の空と欅並木、凍える冬の街で、僕は幼なじみの美羽と二十年の季節を重ねてきた。物語の“当て馬幼馴染”として、彼女の心が主人公へ引き寄せられていくのを静かに見守るしかなかった。約束を破られた誕生日、冷たいケーキの甘さが胸に沈む。やがて僕はこの世界からログアウトを申請し、別れの準備を始める。思い出を辿り、出会いの場所を巡りながら、彼女との最後の初雪を迎える。消えていく記憶の中で、残されたのは静かな愛と痛みだけ。「初雪の日から、白髪になるまで一緒にいよう――」その言葉は、もう誰にも届かないのだろうか。
ジャスミンの香りが消える夜、もう一度だけあなたを思い出す
ジャスミンの香りが消える夜、もう一度だけあなたを思い出す
4.8
二か月前から彼氏との連絡が途絶えた美桜は、平凡で目立たない自分に自信を持てずにいた。彼の裏切りを目の当たりにし、静かに涙を流しながらも、誰にも弱音を吐かず大阪で新たな生活を始める。しかし、過去の恋と未練が心の奥で疼き、思いがけず危険に巻き込まれていく。そんな美桜の前に現れたのは、かつては遠い存在だった工藤仁。彼の腕の中で、少しずつ自分の居場所を見つけていく。ジャスミンの香りに包まれながら、過ぎ去った日々とこれからの未来を静かに見つめる美桜の選択とは——それは本当に「幸せ」と呼べるのだろうか。
十年分の空白と、約束の夏が遠くなる
十年分の空白と、約束の夏が遠くなる
4.7
十年分の記憶を失った俺の前に、幼なじみであり妻であるしおりは、かつての面影を消し、冷たい視線を向けていた。華やかな都心のマンション、豪華な暮らし、しかし心の距離は埋まらない。ALSの宣告と、戻らない過去。しおりの傍らには、見知らぬ男・昴が立つ。交わしたはずの約束は、現実の波に流されていく。あの日の夏の笑顔は、もう二度と戻らないのだろうか。
白いバラが咲くとき、あなたに会えたなら
白いバラが咲くとき、あなたに会えたなら
4.9
十年にわたり互いに傷つけ合い、すれ違い続けた夫婦――伊織と絵里。東京の乾いた冬の空の下、ふたりは離婚を決意し、それぞれの孤独と向き合うことになる。病を抱えた伊織は故郷へ帰り、静かに人生の終わりを受け入れようとするが、絵里は過去と後悔に縛られながらも、彼のもとを訪れ続ける。やがて、季節がめぐる中でふたりの間に残されたものは、言葉にならない想いと、白いバラの花束だけだった。 あの日の約束も、もう二度と取り戻せないのだろうか。
呪われた春、裏切りの教室
呪われた春、裏切りの教室
5.0
春の教室で起きた一つの悪戯が、友情と信頼、そして命をかけた衝突へと変わる。孤立した主人公は、誰も信じてくれない絶望の中で、たった一人の“兄弟”と共に真実を貫こうとする。裏切り、疑念、そして禁断のジンクスが交錯する青春サスペンス。
同窓会は涙のあとで
同窓会は涙のあとで
4.9
貧乏で不器用なまま大人になった主人公は、突然届いた同窓会の招待メッセージに心を揺らす。友情、恋、そして失った青春の痛みが、静岡の冬の夜風とともに蘇る――あの頃の自分を、もう一度見つめ直すために。もう戻れない青春に、最後の賭けを挑む物語。
裏切りの初恋と復讐
裏切りの初恋と復讐
4.9
いじめを止めようとした高校三年の春、全てを失った駿。八年後、華やかに変貌した菜月と再会するが、彼女の謝罪と申し出が更なる葛藤を呼び起こす。失われた家族、裏切り、そして復讐の炎――駿の運命が動き出す。