第5話:夜の訪問と偽りの『家族』
夜十時、俺の部屋のドアがノックされた。静かな家に、柔らかな音が響いた。
外にいたのはエレナだった。シルクのパジャマのボタンを二つ外し、手には牛乳のコップを持っていた。作為的な無防備を、彼女はよく知っている。
俺は驚いたふりをして立ち上がり、近づいた。「どうしたんだ、妹?」声は穏やかに、心は冷たく。
彼女はドアの前でグラスを差し出した。「お兄ちゃん、ちょっと元気なさそうだから、牛乳を飲んでよく眠ってね。」牛乳が、月明かりに揺れていた。
そして宿題ノートも持っていた。「お兄ちゃん、いくつか質問してもいい?よく分からなくて。」かわいらしい依存を、彼女は武器にする。
「いいよ。」彼女が部屋に入ると、俺はわざとドアを閉めなかった。廊下の角に見覚えのある人影が見えた。気配が、壁の影を長くしていた。
誰かは分かっている。彼女が自分を見せるための観客だ。
前世、エレナは妊娠して戸田と結婚したいと言った。俺は反対した。家柄も釣り合わないし、きっとうまくいかないと説得したが、彼女はどうしても結婚したいと言い張った。俺は家族との間を取り持ち、家を失わないようにした。
両親は結婚に反対だったが、俺の説得で式だけは許し、婚姻届は保留となった。わずかな妥協が、のちの大きな裂け目になった。
それが、彼らが家を恨み、復讐する理由にもなったのだろう。人は、都合の良い敵を欲しがる。
以前、エレナと俺はサマーキャンプに参加し、帰りに遊びに行った。エレナの両親は海で事故に遭い、彼女はしばらく俺の家に住むことになった。あの日の波の音は、今も耳に残っている。
俺は母に養子にするよう頼んだが、母は同意せず、結局彼女は養子縁組をして籍を坂本家に入れた。子供がいなかったため、彼女を迎え入れたのだ。法律の線は、感情では越えられない。
その後、仕事が忙しくなり、エレナは俺の家で暮らすことが多くなった。ある日、「叔父さん」「叔母さん」と呼ぶのが他人行儀だと感じ、俺と一緒に両親を「パパ」「ママ」と呼ぶようになった。呼び方が近づけば、心も近づいた気がした。
だが今世、裏切り者に家族を持つ資格はないと思う。名前の呼び方だけでは、家族にはなれない。










