第5話:同級生という最後の盾
だが、俺が避けても、彼女はやってくる。いつもそうだった。
「お邪魔してごめんね、悟。同級生として、最後に一杯どう?」
莉佳がなぜか彼氏の霧島怜央を連れて俺のそばに来て、意味深な言葉を口にした。息が近い。視線が試すように揺れた。
“同級生として”というのは、三年間の関係を考えて、今の恋人関係を壊さないでくれというメッセージにしか思えなかった。
その“最後”という言葉も、何かを指している。俺にとってのせめての最後の挨拶、彼女にとっての最後の優位。
この義理が、同級生としてなのか、恋人としてなのか、もう分からない。言葉の輪郭が曖昧だった。
胸の苦さが喉元までこみ上げ、今にも涙が溢れそうだった。唇の内側を噛んで、堪えた。
「こんにちは、悟さん。噂通り、ほんとすごいね」
「この前の物理コンテスト、ほんと強かったよ。君が手加減してくれなかったら、僕は二位すら取れなかったかも。これからも同じ大学で友達になれたらいいな」
その時、俺は三位だった。彼の言葉には余裕と好意が混じっていた。
そう言って、霧島怜央はグラスを掲げ、もう一方の手で莉佳の細腰を抱き、余裕の笑みを浮かべていた。勝者の姿勢だ。
「怜央君、冗談だよ。君は実力で勝ったし、俺の成績じゃ東大には行けないよ。からかわないでくれ」
礼儀正しく立ち上がり、グラスを合わせて一気に飲み干した。莉佳の顔は一度も見なかった。自分の心を守るためだった。
霧島怜央は驚いた。「でも、担任の先生が君は東大志望だって言ってたよね?莉佳?」
莉佳は気まずそうに笑い、答えなかった。視線が逃げて、戻らない。
「先生の記憶違いだよ」
誰のことを指しているかは莉佳自身が分かっている。東大に行くのは、俺と彼女の約束だったが、今やすべて無意味になった。約束の糸は簡単に切れる。
莉佳の笑みは一瞬止まったが、すぐに元に戻った。表情は巧みに整えられる。
気まずさを和らげるため、彼女は笑顔で言った。「いいじゃない、どこに行っても私たちは同級生だよね、悟」
俺は二言だけ答えた。「もちろん」
俺が話を続けたくないのを察し、二人は他の同級生の元へ行った。俺は黙って食事を続けた。噛むたびに、味が薄くなる。
「悟、なんだか元気ないみたい?」明日香が聞いた。声のトーンが少し下がっていた。
「そんなことないよ。ただ寝不足なだけ」
明日香は「ああ」と言い、それ以上は何も言わなかった。言葉よりも視線で気遣ってくれる。










