第1話:崩れた横浜デートの約束
共通テストが終わった後、初恋の彼女と横浜への旅行を約束した。みなとみらいの海沿いを歩いて、夜は観覧車の灯りを眺めよう、と。
だが、彼女がすでに他の人と付き合っていたことを知った。その瞬間、胃のあたりがきゅっと縮まるような痛みが走った。
問い詰めると、彼女はまるでどうでもいいことのように答えた。現実の冷たさが喉に刺さって、言葉が出なかった。
「同時進行してただけ。別に大ごとじゃないし。それに、まさか悟……?」
初恋の彼女・宮園莉佳とこっそり三年間付き合ってきた。共通テストが終わった翌日、彼女は一緒に夜を過ごすことを承諾してくれた。心の準備を何度もして、震える指でホテルの予約画面を閉じた。
俺は十八年間彼女なしの童貞で、莉佳のような女神と付き合えるなんて、夢のようだった。どれだけ眠れない夜を過ごしても、彼女と交わした短いメッセージひとつで全部救われた。
ただ、彼女は母親の監督が厳しいと言って、俺たちが付き合っていることは絶対に親や親しい友人にも秘密にしなければならなかった。セイリョウ学院のなかでも、二人だけの秘密を抱えたまま三年間、俺は息を潜め続けた。
外に公表しないのも悪くない。もし親にバレたら、きっと大目玉を食らう。俺にはそれで十分だった。彼女が笑いかけてくれさえすれば。
毎日、彼女が俺に甘く微笑んでくれるだけで満足だった。思い出そうとすると、胸がじん、と痛む。
だから、機会さえあれば、俺たちは目配せで気持ちを伝え合い、こっそりLINEやメッセージで愛を語り合った。誰も見ていない教室の隅で、目が合った瞬間に世界が静まり返る――そんな時間だった。
誰にも知られていなくても、俺たちは甘い恋人同士だった。誰にも邪魔されない密やかな関係。そう信じていた。
高校三年間、莉佳とのトーク履歴は三台のスマホを埋め尽くした。ふと、あの画面の向こうで笑う彼女の顔が浮かぶと、指先が勝手に震えた。
だが、思春期真っ只中の俺は、彼女のすべてに憧れて、夜な夜な夢で彼女と絡み合っていた。夢から醒めるたびに、現実の自分の臆病さにため息が出た。
莉佳に下心を持っていることを嫌われるのが怖くて、俺は一度も無理なお願いをしたことがなかった。欲望を押し殺すたびに、彼女への想いだけが濃くなっていった。
人目のないときに手をつなぐくらいで、頬にキスしたのもたった二回だけ。あの短い触れ合いが、今ではやけに遠い。
共通テストが終わった後、ようやく勇気を振り絞って自分の願いを伝えると、彼女は承諾してくれた。心臓が痛いほど高鳴って、現実じゃないみたいだった。
だが、夢が叶うと思ったその時、彼女に既に別の相手がいると知った。胸が凍って、息が止まった。
その場で呆然とした。声が出ない。目の前にいるはずの彼女が、急に遠くの人間みたいに見えた。
「莉佳……君……」
頬を赤らめた莉佳は不思議そうに俺を見つめ、しばらく沈黙したあと、淡々と口を開いた。落ち着き払った調子に、俺の小さな希望は粉々になった。
「同時進行してただけ。別に大ごとじゃないし」
俺が黙ったままでいると、彼女の目がからかうような色に変わった。わざと刺激してくるような、薄い笑み。
「悟、もう時代が違うんだよ?それに、もしかして……童貞?」
俺はどうやってホテルから逃げ帰ったのか覚えていない。ただ、莉佳の言葉が頭の中で何度も響いていた。横浜の夜景が滲んで、どこを歩いているのか分からなくなるほどだった。
「何してるの?私と一緒にいるのは、これが目的じゃなかったの?」
「ふふ、悟、どうして黙ってるの……まさか……私が初恋?」
我に返ると、部屋で天井を見つめながら横たわっていた。枕はすでに濡れている。心も体もひどく疲れ切っていた。
まさか、俺の女神・莉佳がこんなに軽薄だったなんて。天から突き落とされたみたいに、現実に打ちつけられている。
今になって、なぜ彼女が俺たちの関係を公にしたがらなかったのか理解できた。秘密は守るためじゃなく、利用するための道具だったんだ。
彼女にとって俺は、ただ青春の熱に浮かされた遊び相手にすぎなかったのだ。真剣な気持ちは一切なく、いつでも捨てられる存在だった。そんな自分を、三年間も大事な人だと信じていたことが恥ずかしい。
長い夜、胸が締め付けられるほどの痛みに呼吸もできなかった。苦しいのに、涙は途切れることなく溢れてきた。
布団の中に隠れ、声も出せずに泣いた。嗚咽を飲み込むたび、喉が焼けるように痛む。
翌日、担任の先生が卒業パーティーの連絡をくれたが、俺は応答しなかった。画面を見るのも怖いほど、心が荒れていた。
俺はスマホをすべて下取りに出した。中には莉佳との思い出がぎっしり詰まっていた。指先から、三年間の重みが転げ落ちていった。










