第4話:神器・龍の腕輪と私の筋書き
ここで一度整理しよう。鳳凰族の至宝は「紅蓮の腕輪」、龍族の至宝は「龍の腕輪」。私は今、龍の腕輪を身につけている。二つの神器は対になっており、そろうことで術の座標が安定する。
天地がまだ開けていなかった時代、混沌の中で鍛え上げられたという。火と水の理が絡み合い、腕輪は黒く静かな光を宿した。
鳳凰族と龍族が領地を争ったとき、何世代も戦い、ようやく領地が決まった。その戦はもはや剣戟ではなく理と陣の綱引きで、空は術式で編まれていた。
それ以来、鳳凰は紅蓮宮に、龍は蒼海に住むようになった。今では両族は和解し、縁組みまで結んでいるが、かつては激しい戦いだった。記録に残るのは、輝きの交差と流れの競い合いだ。
始祖が龍族と戦い抜けたのは、無限の神力だけでなく、神器・龍の腕輪のおかげでもあった。腕輪は魂を支え、時に道を開く。
その名は魂を養い蓄えることにあるが、実際の能力は他人には想像できない。実際、腕輪は時に時間の縫い目を指し示す。
だから大爺爺がこの龍の腕輪を私に付けたとき、母も父も驚いた。驚きつつも、納得のため息を漏らしたのが印象的だった。
母の目は「これじゃ甘やかされてダメになる」と言っていた。言葉にしなくても、表情で十分伝わった。
「ちょうどいい、やっぱり緋鞠は一族の宝だ!」大爺爺は平然と褒め称えた。祖父の笑顔は、いつだって私に甘い。
私は気にしなかった。飾りでも護りでも、腕輪が温かいならそれでいい。
百歳で独り立ち飛行できるようになったとき、彼は皆の前で「鳳凰族の光だ」と大言壮語した。恥ずかしいけれど、うれしかった。
三百歳で印を結べなかったときは「天賦が高すぎて、蓄積が必要だ」と褒めた。何をしても、褒める言葉を見つけてくる。
四百歳で紅蓮宮を燃やしたときも「胆力と知略に優れ、神域の模範だ」と称賛した。母は頭を抱えたが、大爺爺は笑っていた。
母曰く、「私が悪役になって神域を滅ぼそうとしたら、鳳凰族は剣を渡して自害してでも私を守る」と。そこまで行くと、もう笑うしかない。
さすがに大げさだと思ったが、一族の溺愛ぶりを思えばありえなくもない。実際、私が転んでも宴が開かれたことがある。
この腕輪も、ただの飾りだと思っていた。重さはないのに、存在はずっしりしていた。
でも、みんながこの腕輪を狙い始めたら……目の色は変わるのだと、今日よくわかった。
それは自業自得だ。彼らが自分の物語に私を巻き込むなら、私も自分の筋書きで返すだけだ。
師匠たちが私を見つめる中、私は桃をかじりながら「やだ、やだ。――それ、私の筋書きに合わないから」と短く言った。拒絶は柔らかく、でもはっきりと伝える。
玉霄師匠(ししょう)は少し残念そうに私を見て言った。「緋鞠、お前は幼い頃から愛されて育ったから、花梨がどれだけ苦労したか分からないだろう。私たちのせいで、鳳凰一族は彼女を千年も排斥し、彼女は私たちを救うために魂が消えかけ、虚無の狭間に落ち、重傷を負った。私たちは多くを彼女に借りている。分かるか?今回も命がけで戻ってきたのだ。少しは譲ってやれ。お前が彼女と同じほくろを持っていなければ、私たちの弟子にもなれなかったのだ」言葉の端々に、良心の呵責につけ込むような教科書的な言い回しが並ぶ。
天衍師匠も同調した。「緋鞠、お前は一番心優しい。花梨が死ぬのを黙って見ていられるはずがない。龍の腕輪を出すだけで彼女を救えるんだ」視線は芝居がかった悲哀で濡れていた。
なんだかおかしいぞ。胸の中で鈴が鳴る。これは教本の該当項目だ。
あ、思い出した。これが噂の『良心につけ込む手口』ってやつだ。母の巻物の目次が一斉に脳内で開いた。
私は背筋を伸ばして感動したふりをした。礼儀正しく見せるのも技だ。
入学したとき、母から「天仙学園では師匠の正論めいた押しつけに注意しなさい」と言われていた。紙に書いて渡され、毎朝復唱させられた。
しかも私は師匠が七人もいるので、母は毎日のように転生者の教え――善人面した同調圧力の対処講座――をしてくれた。講座名はいつも微妙に長かった。
玉霄師匠は私が分かったと思い、優しく手を伸ばした。掌に善意を乗せる仕草は、講義のときと同じだ。
私は椅子から飛び降りて言った。「それはあなたたちのせいでしょ。私には関係ない。後悔してるなら自分で償ってあげれば?」声は明るく、しかし線は濃い。
玉霄の手は空中で止まった。善意の見せ場を失った掌が、少しだけ気まずそうに揺れた。
北条は冷たい顔で「私たちはお前の意見を聞いているのではない」と言った。声は冷え、回廊の空気も少し冷えた。
私は「あ、もしかして力ずくで奪うつもり?」と興奮気味に聞いた。期待ではなく、確認のために。来るならどうぞ、って顔で構える。
その言葉で七人の師匠は沈黙した。互いに目を見合わせ、誰も最初の一歩を踏み出せなかった。
もちろん、少しはやる気もあっただろう。視線の端で、迷いと欲が争っていた。
彼らは皆、上位神で高天原の賢者だ。肩書きは重く、背筋は真っ直ぐだ。
長く高天原で君臨してきたのだから、権限を盾に「学園の秩序と世界のため」ともっともらしい建前を掲げ、私一人の鳳凰の幼鳥からでも神器を徴発すると言い張ることだってできる――そういう顔を、彼らはしていた。腕を伸ばせば届く距離にあるのは事実でも、正義めいた言い分を添えてくるに決まっている。
花梨はうっすら目を覚し、咳き込みながら私を諭した。「私のために緋鞠さんを傷つけないで。これも運命なの。ただ、もうあなたたちと一緒にいられないのが残念……」言葉は儚げで、風に消えそうだった。
その言葉に何人かの目が赤くなった。過去の美談は、人の目を濡らしやすい。
南冥師匠は私の手首を強く掴み、厳しい声で言った。「鳳 緋鞠、お前は幼いのにどうしてそんなに冷たいんだ。花梨を救うだけでいいじゃないか」握りは強く、しかし震えていた。
「さもなくば、今後お前とは……師弟の縁を絶つ!」言葉は刃のようにまっすぐだった。
私はこの朗報に大喜び。胸の内で花火が上がったくらいだ。
すぐに南冥を突き放し、印を結んで、私の騎獣・雀舞を呼び出した。空気が震え、羽音が弾んだ。
私は素早くまたがり、念を押した。「言ったからね、これで師弟関係は終わり、後で後悔しないでよ?」言葉の端を上げて、軽やかに釘を刺す。
彼らが何か言う前に、私は颯爽と去った。風が背を押し、宮の門が一瞬眩しく輝いた。










