第3話:花梨伝説と危険な師弟愛
生まれた時から花梨の身代わり扱いされてきた私は、彼女について多少知っていた。語り草になっているから、知らずとも耳に入ってくる。
聞くところによると、彼女は七人の賢者全員と縁があり、千年前に賢者たちを救ったことで魂が散ってしまった。神域の噂話は美談に化けるのが早い。
賢者たちはずっと花梨を復活させようと努力してきた。儀式も研究も、彼らの手でいくつも行われたと聞く。
そして私を見て、彼らは私が花梨の生まれ変わりだと確信したのだ。ほくろ一つで物語を完結させるその早さ、さすが人気師範ユニット。
私はむしろ良いことだと思った。七人の賢者が師匠なら、神域を自由に歩き回れる。護衛も付き、禁足地もふわっと緩む。
師匠たちはよく私を連れて遊びに出かけてくれたが、たまに酔った時は私を通して花梨の面影を見ていた。酒の香りが深くなるほど、視線は過去に落ちていった。
彼らは私のほくろを撫でながら、情熱的に「花梨、もう離れないでくれ……」と囁く。囁きは甘いふりをして、重かった。
私は仙桃をぱくぱく食べながら、無邪気に笑った。「母が言ってたよ、花梨は骨も灰も残さず消えたから、戻ってこないって」口にしたのは事実。転生者の教え第七条「幻想を割るときは柔らかく、しかし的確に」。
賢者たちは黙った。誰かの喉が小さく鳴った。
鳳凰一族と師匠たちに溺愛され、私は五百年、何の不自由もなく幸せに暮らしてきた。歩けば風が整い、座れば椅子が温かい、そんな日々だ。
でも、あまりに順風満帆すぎて、ちょっとつまらなくなった。人生には少しの波が必要、と占いが出ていたのを思い出す。
だから花梨が目の前に現れたとき、私は目を輝かせて喜んだ。物語の起伏がやっと訪れたのだ。
まさか、望んでいた波乱が五百年かかってやって来るとは!このタイミング、物語としては上出来だ。
花梨は仙女(せんにょ)のように美しく、私のほくろを見て申し訳なさそうに言った。「緋鞠さん、この数百年、本当に辛い思いをさせてしまったわね」声には薄い霧のような憂いが乗っていた。
私は嬉しそうに手を振った。「全然辛くないよ、すごく幸せだった!」それは本心。幸福に嘘はない。
花梨は呆然とし、私が意図を理解していないと見ると、さらに丁寧に説明した。「あなたと私は同じ一族で、同じ場所にほくろがあるから、みんな私の生まれ変わりだと思ってあなたを大事にしてきた。きっと迷惑もかけたでしょう?」言葉は柔らかく、しかし誘導の匂いがした。
私は気にせずひまわりの種をかじった。「そんなことないよ。みんな、ほくろ以外は全然似てないって言うし、特に顔は私の方がずっと美人だって。全然気にしてないから、あなたも気にしないで」笑って言えば、角は丸くなる。
花梨の優雅な笑顔が少し固まった。ほんの僅か、目尻の緊張が増えた。
聖師匠が心配して彼女の手を握り、私をたしなめた。「緋鞠、そんな無礼なことを言ってはいけない」師範の声色は、講義のときと同じだった。
私はきょとんと顔を上げた。「え?本当のことを言っただけなのに?」事実は時々、人を怒らせる。
聖は私の顔を見ると、言葉が詰まった。理屈より現実の説得力が強すぎたのだ。
鳳凰一族はもともと容姿がずば抜けている。叔母曰く、私は鳳凰の巣の中でも抜きん出ているらしい。幼鳥の頃から、鏡を覗けば火が照れた。
こんな顔、花梨とは比べ物にならない。誰かが無理に比べるのを見れば、私でも止めたくなる。
聖師匠はさすがに私が嘘を言っているとは言えなかった。沈黙は、彼なりの譲歩だったのかもしれない。
花梨は顔立ちは美しいが、どうしても鳳凰一族の中に混ざると地味に見える。羽の系統が違うと思えば納得だ。
大爺爺が彼女を鳳凰の巣の出身と認めないのも無理はない。彼は羽音の違いさえ聞き分ける人だ。
それでも花梨は弱々しく、見ていると守ってあげたくなる。そう見えるよう計算しているのなら、たいしたものだと思う。
私が真実を語る美貌で語りかけていると、彼女は目を閉じて、如墨師匠――龍族では師父と呼ばれる――の腕の中に倒れ込んだ。香の匂いが一瞬濃くなり、回廊にざわめきが走る。
私の七人の師匠たちは大慌てで脈を取り、霊薬を与え、神力を注ぎ、全力で彼女の治療にあたった。儀式は手際がよく、しかしどこか芝居がかっていた。
私は傍らでひまわりの種をかじりながら、彼らが眉をひそめて焦る様子を眺めていた。音だけが忙しく、心は妙に冷静だった。
「体の損耗が激しすぎる。仙魂が不安定でとても危険だ。仙魂を守るには……」言いながら、彼らの視線がじわじわ私の手首に集まる。
医術に長けた雲尧師父が私を見て言葉を切った。「神器・龍の腕輪が必要だ」言い切る声音に、頼る前提がにじむ。
私は「?」言葉が出る前に眉が上がった。内心では、転生者の教え第十条「押し付けの善意には即ツッコミ」をめくる。
なかなか大胆なこと言うね。場の空気を味方につけるのが上手い。










