第1話:千年ぶりの鳳凰卵と空白の呪い
私が生まれたとき、高天原・神域には瑞兆の光が満ち、雲海は朱に染まり、浮島の社々が一斉に鈴を鳴らし、神前の灯が風に揺れていた。千年ぶりに訪れた吉兆の気配――息をするたび、胸の奥に静かに染み入る。
四方の神々が私の誕生を祝うため、紅蓮宮へと集った。暖かな火気、満ちる宮。古き雅の香りが漂い、朱障子の向こうでは神楽の音が静々と響く。誰もが足早に玉段を上り、口々に瑞兆の儀を讃えていた。
何重にも人垣が重なり、千年ぶりの小さな鳳凰を一目見ようと押し寄せる。花のような衣が幾重にも重なり、宮の回廊は呼吸するたび熱気で曇るほど。肩越しにのぞく視線も、息を潜める気配も、すべてが――私ただ一点へ。
仕方がない。なにせ私は鳳凰一族の千年来ただ一つの卵だったのだから。紅蓮宮の炉は昼も夜も絶やすことなく焚かれ、卵殻の微かな響きに耳を澄ます――この千年の宮の習わし。
思いがけなかったのは、神々が私に夢中になり、「花梨仙女の生まれ変わりだ!」と宣言したことだ。瑞光の下、彼らは勝手に物語を紡ぎ始め、誰もが口裏を合わせたかのようだった。
花梨仙女?あれって、ただの野鳥じゃなかった?そんなのが鳳凰に転生できるの?胸の奥で小さく舌打ちし、私は殻の向こうでふくれっ面になった。母がいつも言うように、転生者の教えの第一条は「身代わり認定に即座にツッコミ」だ。
私が殻を破った日、瑞兆の儀が空に溢れ、神域は歓喜に包まれた。鳳凰一族は手足をバタバタさせて大喜び。祭器が鳴り、舞が舞い、笑い声が波のように押し寄せた。当時の話題ぶりは犬まで知っていたというくらいだ。実際、宮の門前の神犬が尻尾を振りながら「めでたい、めでたい」と吠えていた。
当然、地位の高い神々も集まっていた。玉座に近い者ほど身を乗り出し、紅の帷の隙間から、卵殻の光を一目見ようと胸を高鳴らせていた。
神々は私がまだ赤子であるのを見て、みんな勝手に盛り上がっていた。「小さな鳳凰の目元にあるほくろ、花梨と同じだ」「花梨の本体も鳳凰だったし、きっと彼女の生まれ変わりだ!」「花梨、今度こそもう二度と君の手を離さない!」と、声はどんどん熱を帯び、場の空気が過去に引っ張られて重たくなっていく。
母――鳳 雅(おおとり みやび)によれば、その場で氷璃剣を抜きかけるほど怒っていたらしい。母は元転生者で、日本仕込みの理詰めと毒舌が混ざった人だ。「身代わりヒロインの物語に喝」といつも言う。
でも私はなかなかしっかりしていた。生まれたてのくせに、空気を読んでいたのだと思う。母の腹で育つ間に、転生者の教えの子守唄を百遍は聞かされていたから。
まだ小さなまん丸の赤子の私は、この言葉を聞いた瞬間、思い切り泣き叫んだ。喉の奥から突き上げる抗議は、驚くほど大きく澄んだ声になった。
これが大ごとになった。泣き声ひとつで、宮の雰囲気は一変し、神々の面がそれぞれに引きつった。
千年ぶりに生まれた幼い鳳凰、みんなが待ちに待った存在だ。転生者の教えは百冊以上あったと言われるほどで、どれほど大切にされていたかがわかる。母の書棚には「ダメンズ撃退大全」「師範の圧に抗う技法」など、妙に現代的な題名の巻物がずらりと並んでいる。
そんな私が花梨の身代わり扱いされ、しかも泣かされてしまったのだから、一族は納得できなかった。宮の火柱が一瞬、怒りの色で濃くなったほどだ。
母の話によると、神域第三次大戦が勃発しかけたそうだ。天帝が早く来なければ、神々は紅蓮宮から出られなかっただろう。実際、評議会まで招集されかけ、空に号鼓が鳴った。
最後に、北条 聖(ほうじょう ヒジリ)が私を見つめてうっとりと言った。「君が大きくなるのを待っているよ」その言い方があまりにも馴れ馴れしく、場の空気をさらに凍らせた。
母は私を抱きしめて大声で罵った。「お前、変態か?うちの緋鞠は生まれてまだ一刻しか経ってないんだぞ、何を気取ってるんだ!」母の声はよく通り、宮の隅々まで刺さるように響いた。
「骨も灰も残さず消えたものは何だと思う?もちろんお前たちの花梨さ」言葉は鋭く、しかし理にかなっている。母はいつだって現実的だ。
神々の顔は真っ青になった。誰もが言葉を失い、視線の行き場をなくしていた。
母は人を怒らせるのが得意だ。前世仕込みの皮肉の投げ方は、神域でも通用する。
鳳凰一族が私を目の中の珠のように大事にするのは、この千年、幼い鳳凰が一羽も生まれなかった惨事があったからだ。祝詞にも嘆きにも、その空白の重さが滲んでいる。
鳳凰一族は昔から多産多育を信条としていた。神話の時代には、みんなで子作り競争をしていたほどだ。風の噂では、瑞光の出る速さを競う宴があったらしい。
我々の理念は、鳳凰の血を神域の隅々まで広げること。長老たちも皆、競争心旺盛で、出世に燃えていた。そのせいか、太古の七賢人のうち五人は鳳凰一族だった。天仙学園の史に記される「七賢」は、いわば鳳凰の栄光の看板でもある。
だが、あまりに数が増えすぎたせいか、千年前のある夜を境に、鳳凰一族は突然卵を産めなくなってしまった!その夜の空は不穏に沈み、誰もその理由を掴めなかった。
これは大問題だった。宮中の火は弱まり、笑い声は消え、羽音だけがやけに響いた。
子を産み育てるのが本能の鳳凰一族にとって、卵を産めないのは死ぬより辛い。あらゆる手を尽くしたが、結果は——卵がない、本当にない!祈祷も祝詞も、温石も薬湯も、どれも徒労に終わった。
「天は我ら鳳凰一族を滅ぼすつもりか!」誰かが嘆き、誰かが天を睨んだ。火の粉だけが静かに落ちていった。
一族は皆、深い憂鬱に沈んだ。宮の回廊に座す影は日毎に増え、ため息が習い事のように繰り返された。
そんなとき、母が思いがけず卵を身ごもった!宮の空気が一変し、火柱が一斉に明るくなった。










