十年目の夜、捨てられた子猫のように / 第6話:再会トイレと静かな別れ
十年目の夜、捨てられた子猫のように

十年目の夜、捨てられた子猫のように

著者: 桐谷 柚葉


第6話:再会トイレと静かな別れ

それ以降、陸は私の前に現れなくなった。彼は会社を辞めて別の会社に行き、私は支社長に就任した。常務からの異動で、キャリアの流れも自然だった。再会したのは、二年後のビジネスパーティーだった。

彼は暗い色のスーツを着て、以前より痩せ、頬がこけ、肌はさらに白く、青い静脈が透けて見え、どこか病的だった。死んだような目が、私を見た瞬間だけ、あの冬の雪夜のように輝いた。私はワイングラスを持って彼の肩をすり抜け、後ろの重役たちと談笑した。その間ずっと、背中に彼の視線が刺さっていた。

宴も半ば、私はトイレに立った。トイレの照明は故障していて、薄暗く、時々ちらついていた。私は洗面台で手を洗い、顔を上げると、陸が鏡越しに立っていた。彼は私の背後に立ち、じっとした視線を鏡に落とし、私と目が合った。私はうつむき、紙で手を拭き、宴会場に戻ろうとした。

その瞬間、照明が「ジリッ」と音を立てて消え、トイレは真っ暗になった。

真っ暗。

息が詰まる。

「怖がらないで、俺がいるよ。」彼は私の手首を引き寄せ、抱きしめて、小さな声で優しく慰めた。私は暗闇が怖い。子どもの頃から寝る時は常夜灯が欠かせなかった。同棲し始めた頃、彼はそれに慣れず、夜眠れずに目を赤くしていた。

でも彼は私に合わせるのではなく、私をぎゅっと抱きしめ、自分の頭を私の首元に埋めて、私を暗闇から守るようにした。港区の部屋の暗がりを、彼の体温がやわらげてくれた。今、二年ぶりにまた彼に抱きしめられていた。

灯りが戻る。

私は彼を突き放し、よそよそしく礼儀正しく言った。

「久しぶりだね、陸。」

「久しぶり。」彼は目を赤くし、喉を鳴らし、かすれた声で言った。「大和、この二年、元気だった?」私はうなずき、彼の目尻の涙を拭った。

「元気だよ。」

「それならよかった。」彼はぎこちなく笑い、「君が幸せなら、それでいい。」私はこれ以上トイレで立ち止まりたくなくて、彼の震える肩を軽く叩き、廊下へ向かった。去り際、私は小さな声を聞いた。

「大和、会いたかったよ。」私は足を止め、振り返る衝動を抑え、その場を離れた。廊下の端で振り返り、トイレの方を見やり、静かに言った。「陸、さようなら。」

この章はVIP限定です。メンバーシップを有効化して続きを読む。

あなたへのおすすめ

捨てられた恋人、拾われた猫
捨てられた恋人、拾われた猫
4.7
幼なじみの恋人・佐藤翔太との繰り返す冷戦と、報われない愛に疲れ果てた美咲。二人で育てた猫“みたらし”さえも、彼のもとに残して別れを決意する。誰にも優しくできるはずの彼が、なぜ自分にだけ冷たかったのか――美咲の心が静かに壊れていく、痛切な恋愛の物語。
追い出した入り婿と、乱世を越えてもう一度手をつなぐ日
追い出した入り婿と、乱世を越えてもう一度手をつなぐ日
4.8
家を守るために入り婿の征十郎を追い出した夜、私は胸の奥に沈んだ罪悪感を抱え続けてきた。乱世の中で彼は総司令となり、再び私の前に現れる。冷たい言葉と不器用な優しさが交錯し、過去の傷と誇りが揺れる。周囲の人々や旧家のしがらみ、戦乱の波に翻弄されながらも、二人は静かに距離を測り直していく。手に残る傷跡も、互いに寄せる想いも、時を超えて形を変えていく。夕陽の宮城に影を寄せ合いながら、二人の十年が静かに始まるのかもしれない。
お嬢様に飼われた七年
お嬢様に飼われた七年
4.7
幼なじみのミズキに七年間、呼べば駆けつける「便利な男」として縛られてきたタクミは、カラオケの罰ゲームのキスで嫉妬と屈辱に沈み、ついに自分に線を引く。ミズキが“仲人”のように仕向けるアヤカとの関係を受け入れ、手を繋いだ夜に甘さを知るが、ミズキのわずかな嫉妬が胸の灯を消しきれず、次の夜の震える通知が彼をまた揺らす。選ぶのは自分か、彼女の都合か——揺れる心が試される。
怪物の花嫁になった夜
怪物の花嫁になった夜
4.9
無価値な“花瓶”扱いのまま仲間に見捨てられ続けた簡容。死を選んだその瞬間、彼を優しく包んだのは森の怪物だった。人間の冷たさと怪物の愛の狭間で、彼の心は揺れ動く——本当の幸せは、どこにあるのか。
雨音と錆色の家 消えた遺体と、十四歳の誕生日に残されたもの
雨音と錆色の家 消えた遺体と、十四歳の誕生日に残されたもの
4.9
川崎臨海の雨が打ちつけるバラックで、夕子と翔は互いの傷を抱えながら生きてきた。幼い頃から家族として寄り添う二人の静かな日々は、父・剛造の突然の帰還によって崩れ去る。暴力と貧困、家族の断絶、そして立ち退き料という現実の数字が、ささやかな希望と絶望を交錯させる。翔は父を殺し、夕子と金田はその遺体の処理を試みるが、血の跡と消えた遺体、そして警察の淡々とした追及が、彼らの過去と現在を静かに揺らす。小さなケーキ、冷たい風、そして家族の名残が、心に残る影となっていく。二人の未来に、ほんのわずかな光は射すのだろうか。
消された娘の声が響く夜
消された娘の声が響く夜
4.9
二十年前、家族の都合で幼い娘を家に閉じ込めた父・信吾。息子の結婚を機に、長く封じてきた罪と向き合う決意をするが、失われた娘の声が再び家に響き始める。家族の絆と赦し、そして許されぬ過去が暴かれるとき、運命の扉が静かに開く。
十年分の空白と、約束の夏が遠くなる
十年分の空白と、約束の夏が遠くなる
4.7
十年分の記憶を失った俺の前に、幼なじみであり妻であるしおりは、かつての面影を消し、冷たい視線を向けていた。華やかな都心のマンション、豪華な暮らし、しかし心の距離は埋まらない。ALSの宣告と、戻らない過去。しおりの傍らには、見知らぬ男・昴が立つ。交わしたはずの約束は、現実の波に流されていく。あの日の夏の笑顔は、もう二度と戻らないのだろうか。
禁断の家族と蛇の夜
禁断の家族と蛇の夜
4.9
極貧の町で生きる少年・虎太は、家族のために罪に手を染める兄と母のもとで、自分の居場所と命の意味を問われる。謎めいた女の出現と、家族の裏切りが次々と明らかになる中、虎太は生き延びるために恐怖と絶望に飲み込まれていく。家に巣食う闇と、血より濃い欲望の末路とは――。
犬泥棒と裏切りの夜
犬泥棒と裏切りの夜
4.9
若手俳優・悠真の大切な愛犬が、深夜に元恋人でお嬢様の紗良に“こっそり”奪われた。SNSでは恋愛スキャンダルが炎上し、愛と嫉妬と裏切りが渦巻く中、悠真の心は揺れ動く。奪われた犬と、すれ違う二人の運命は――。
見先、星々の下で──母と娘、二度目の許されない約束
見先、星々の下で──母と娘、二度目の許されない約束
4.9
あの夜、団地の薄明かりの中で母のSNS投稿を見つけてしまった時から、未咲の心には静かな絶望が広がった。十八年もの間、母の愛を知らずに育った彼女は、真実を求めて鳳桐家の門を叩く。しかし、明かされたのはすり替えられたはずの運命が一度だけ正されていたという、誰も救われない過去だった。命が尽きる寸前、未咲は母に最後の願いを伝え、自らの名前を変えてこの世を去る。やがて再び生まれ変わった未咲は、二度目の人生でも母の償いを受けながらも、許しきれぬ痛みを胸に、静かに自分の道を歩み出す。母と娘の愛は、本当にやり直せるものなのだろうか。