十年目の夜、捨てられた子猫のように / 第4話:執着と遊び人の挟み撃ち
十年目の夜、捨てられた子猫のように

十年目の夜、捨てられた子猫のように

著者: 桐谷 柚葉


第4話:執着と遊び人の挟み撃ち

半月の休暇を取った後、私は東京に戻った。会社に復帰した初日の午後、人目の少ない喫煙所横の通路で陸に出くわした。彼は顔色が悪く、目の下には隈ができ、眉目は沈んでいた。ここは大手町のオフィスビル。蛍光灯の白が、彼の青白さを際立たせた。

私は視線を外し、一歩下がって通路の端に寄ろうとした。だが彼は何かを察したのか、顔を上げ、人混み越しに血走った目で私をじっと見つめてきた。その視線に胸がざわつき、気づけば彼はもう私の前に立ち、袖口を軽くつかんだ。

私は周囲を見回し、声を潜めて言った。「何してるの?ここは会社だよ!」

「わかってる。ただ一言話したいだけだ。」

「もう十分話しただろ!」

陸が唸った。「足りない!丸十年の重みを、電話一本や二本で済ませられるわけないだろ!」

彼は奥歯を噛み締め、体を震わせ、感情を抑えきれない様子だった。

私は身をずらし、周囲の視線を遮るように軽く会釈して、彼の乱れた姿を影に隠した。

「もういい加減にして。まず手を離して、痛い。」彼は力を緩めたが、それでもしっかりと私の袖をつかんでいた。

「離さない、離したら君は逃げるから。」私は深呼吸し、涙を浮かべた彼の目を見つめ、少し心が揺れた。

「様子が変だね、不眠と気分の波を抑える薬、最近飲んでないの?」彼は興奮気味で、声がうわずった。

「飲まないよ、俺は病気じゃない!前は君が飲めって言うから飲んでたけど、今はもう君がいないし、絶対飲まない。」また駄々をこねている、私は頭が痛くなった。

「君の言う通り、もう私たちには関係ない。好きにすればいい。」

「何だって?」彼は呆然とし、唇から血の気が引いた。「もう俺のこと、気にしないの?十年も一緒だったのに、急にそんな風にできるの?」私は思わず笑ってしまった。

「陸、君はもう二十八だよ、十八じゃない。そんな幼稚なこと言ってて恥ずかしくないの?」彼は納得できない様子で、悔しそうに私を見つめていた。

「大和!」背後から声がした。振り返ると、ヒカルが逆光の中で手を振りながら近づいてきた。私は笑顔を作り、さりげなく陸の袖を離して、彼の方へ歩み寄った。

ヒカルは大手企業グループ会長の息子で、男女問わず狙った相手は落とすことで有名な遊び人だ。どうやら今のターゲットは私らしい。彼は私の肩を軽く叩き、陸の殺気立った視線を無視して、私を会社の外に連れ出した。駐車場の人気の少ない場所で彼は距離を詰めてきた。

「大和、あの年下の彼氏、たいしたことないな。俺ほど若くもないし、面白くもない、しかも君を泣かせてばかりじゃないか。」彼はにやりと笑い、唇が私の顎をかすめ、もう少しで耳たぶにキスしそうだった。

「いっそ俺にしない?俺が君の小さなラグドールになるよ。」私は少し考え、彼の顎をつかんで顔を正面に向け、じっくり眺めた。そして、彼の真似をして耳元でささやいた。

「君は綺麗だけど、俺は潔癖だから“中古”は無理。誰かの手垢がついたのはちょっとね。」彼は顔色を曇らせたが、軽く笑い、頭を傾けて私の口元にキスを落とした。

「俺に譲歩させるより、自分でどこかへ行った方が早いよ。」

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