十年目の夜、捨てられた子猫のように / 第2話:白い子猫と新しい誘い
十年目の夜、捨てられた子猫のように

十年目の夜、捨てられた子猫のように

著者: 桐谷 柚葉


第2話:白い子猫と新しい誘い

陸から電話がかかってきたのは、私がクライアントの責任者と契約書にサインしている時だった。

「常務、もし急ぎのご用事があれば、先に電話を取っても構いませんよ。」天道ヒカルは私のスマホをちらりと見て、にこやかに言った。ここは丸の内の会議室、ガラスの外を人の流れが静かに往来していた。

「大したことじゃありません。契約が大事です。」私はスマホの電源を切り、きっぱりとサインし、ペンを彼に渡した。

「今夜一杯どうですか?私たちの協力を祝して。」ヒカルはグラスを手渡しながら、やわらかな笑みを向けた。彼の目尻がきれいに下がった笑顔が眩しくて、私は一瞬たじろいだ。思わず彼の誘いを受けてしまった。自分でも珍しく、気持ちが揺れた。

バーの中は薄暗く、ヒカルが自らカクテルを作ってくれた。私がグラスを傾けた瞬間、彼が身を寄せてきて、視線で合図してきた。

「ここに傷があるね、どうしたの?」

私は彼の手を払いのけて、笑って答えた。

「昔、白い子猫を飼ってたんだ。耳にちょんと飾り毛があって、すごく可愛かった。でも気が強くて、よく引っかかれた。この傷もその子にやられたんだ。危うく失明するところだったよ。」

私はまた陸のことを思い出した。彼はよく夜更けに私の上に覆いかぶさり、ここに何度もキスをして、「痛くない?」と聞いてきた。あの問いは幼い優しさで、少し誇らしげだった。

「それで、その猫は?まだ飼ってる?」ヒカルの声で我に返った。

「人にあげたよ。言うこと聞かないから、もういらないと思って。」

その子猫は人に渡された後、食事もせず騒ぎ続け、ある夜みんなが寝静まった隙にこっそり逃げ出した。私はそのことを半年後に知った。その時にはもう新しい子猫がいた。ラグドールで、とても綺麗で甘えん坊。ただ唯一の欠点は嫉妬深いこと。私の体に他の猫や犬の匂いがつくと、一晩中鳴き続けるほどだった。

後日、家の近くで、かつての子猫に再会した。長く野良生活をしていたらしく、痩せ細り、体には傷がたくさんあった。ゴミ箱から出てきて、私の足元にそっとすり寄り、「ニャーニャー」と鳴いた。その姿は本当に哀れだった。

捨てられた猫は、もう一度飼われると爪を出さずに大人しくなるって、どこかで聞いた。でも私は、その子を家に連れて帰らなかった。家のラグドールが怒るのが怖かったから。あの嫉妬深い甘えん坊の世間を、かき乱したくなかった。

ヒカルと酒を飲んだ後、私はホテルに戻った。布団をかぶって一眠りし、目が覚めた時にはもう夜だった。スマホを開くと、着信と未読メッセージが大量に溜まっていた。全部陸からだった。

ブロックしようとした瞬間、彼からまた電話がかかってきた。私はため息をつき、少し考えてから出た。

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