初雪の日から、白髪になるまで一緒にいよう――僕が“当て馬幼馴染”だった世界の果て

初雪の日から、白髪になるまで一緒にいよう――僕が“当て馬幼馴染”だった世界の果て

著者: 伊藤 さくら


第4話:終活と静かな身辺整理

美羽は何かおかしいと気づき、病院で検査を受けさせようとした。彼女の手が僕の手首を掴む力は、昔と変わらなかった。

僕はただ「前にケーキを食べたせいで、胃がまだ調子悪い。食欲もないし、ゆっくり治せば大丈夫」とごまかした。嘘は、小さな音で落ちる。

彼女はそれ以上何も言わなかった。家を出るその瞬間、彼女の心の中の浮き立つような気持ちをはっきりと感じた。きっと新に会いに行くのだろう。

分かっているつもりでも、愛する人が別の誰かに傾いていくのを見ているだけの無力さに、胸がきしんだ。

残された時間は少ない。僕はこの世界ときちんとお別れしたいと思った。せめて、礼儀正しく去りたい。

僕はキャットフードを持って外へ出た。家の前には一匹の野良猫がいる。冬毛がふくらんで、丸い背中が寒さに耐えている。

本当は飼いたかったけれど、警戒心が強くて、どうしても懐いてくれなかった。だから諦めるしかなかった。距離の取り方は、猫も人も似ている。

もう二度とこの子に会えない。この子が僕のことを思い出してくれるだろうか。餌を置く音や、呼び方くらいは覚えていてほしい。

最後にその猫を撫でながら、たくさん話しかけた。猫は何かを察したように、僕の足元でしきりにすり寄ってきて、焦ったように鳴き続けた。

動物は人間の体調が悪いことを感じ取れるという。猫の優しさを感じて、僕は口元を緩めた。「ありがとう、大丈夫だよ。」寒い風の中、柔らかな毛並みが指に絡みついた。

残り八日になったとき、明らかに生命力が失われていくのを感じていた。力が体から抜けていき、咳も頻繁になり、血を吐くようになった。

それでも僕はすべてを隠し通した。美羽の心はもう僕にはない。毎日早朝に出て、夜遅くに帰ってくる。同じ屋根の下にいながら、顔を合わせることもほとんどない。

時々思う。もし彼女が僕の命が長くないと知っても、やはり僕を放っておくだろうか?

気にはなるが、僕は伝えるつもりはなかった。昔、美羽と一緒にドラマを観ていた時、「どうして誤解を素直に言わないのか」と思っていた。でも自分がその立場になると、本当に言えないこともあると分かった。

僕は自分の貯金をまとめて分配した。両親は数年前に事故で亡くなっている。僕の身近な人は、美羽と兄貴分の相良龍二だけだ。

僕は各種契約やサブスクの解約手続きを進めた。携帯も動画配信も、電気も水道も、片付けるべきことは山ほどある。貯金の一部は、けやき児童養護施設へ寄付するつもりで別にした。

窓口の人は淡々と案内した。「解約ですね。再契約には改めて手続きが必要になりますが、よろしいですか。」

「もう使わないんです。」

「あと一つ身分証が必要です。今から持ってきても今日はもう営業時間が終わります。明日また来てください。」役所は丁寧で、時間だけはきっちりしている。

残された時間が少ないことを思い出し、「あと三十分だけ待ってもらえませんか?もう来られないかもしれないので。」と頼んだ。

彼女は僕のやつれた顔を見て、ほんの一瞬だけ目を伏せ、小さく声を落とした。「規定では難しいのですが……本日は特例で受付します。次回からは必ず身分証をご持参ください。」

窓口を出ると、背後で書類を綴じる音がした。事務的な手続きの冷たさが、かえってその時の僕には心地よかった。

心の中でそっと「ごめん」と呟いた。ごめんとありがとうはいつも一緒だ。

家に戻ると、ほとんど片付け終えた部屋が空っぽだった。二日後には、僕に関するものはすべて片付けられるだろう。足音がよく響く。

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