第2話:約束の外側へ踏み出すとき
美羽は僕を支えて病院の外へ歩かせる。肩に置かれた手は相変わらず小さくて、暖かい。
彼女は突然足を止めた。「私が誕生日を一緒に過ごせなかったから、一人でケーキを食べたの?なんでそんなことするの、わざと私を心配させたいの?」眉間にしわを寄せて、僕の顔を覗き込む。
「違うよ。」僕はすぐに答えた。言葉を選ぶ間もなく、まっすぐに。
「本当に急用があったんだって言ったでしょ。そんなことで拗ねないでよ。そこまで引きずらないで。」吐く息が白く散って、冷たい空気に紛れる。
「うん、分かってる。」
僕はなるべく穏やかな口調で彼女に返した。以前のように大喧嘩したり、ヒステリックに怒ったりした自分とはまるで別人だった。
美羽も一瞬呆然とした。よそよそしい視線で僕を見つめる。僕の変化は、きっと彼女にも不自然に映っただろう。
お約束から解放された僕は、ようやく冷静さを取り戻し、もう恨みがましく美羽と喧嘩することもなくなった。外れてしまえば、気持ちは嘘みたいに静まる。
僕は目を上げた。美羽の瞳には僕の姿だけが映っている。でも僕は知っている、彼女の心にはもう別の誰かがいることを。
主人公の工藤新。僕はもともと、彼らの恋路の邪魔者だった。まるで最初から役が決まっていたみたいだ。思い返せば、僕の台詞にも“負け役”の影が染みついていた。
美羽が新をどんどん忘れられなくなっていく中で、僕も自分が変わってしまったことに気づいた。怒りっぽくなり、疑い深くなり、独占欲も強くなった。
でもそれは本来の僕じゃない。お約束の力が僕を変えてしまった。僕は、僕でない僕に押しつぶされていた。
僕と美羽の間にはどんどん溝ができていった。埋めようとして踏み出すほど、足元が崩れていく。
頭を打った拍子に、自分が“当て馬幼馴染”だって思い出して、ようやく目が覚めた。曇っていた視界が、痛みでいっそクリアになった。
「美羽、なんだか疲れた。家に帰りたい。」唇の端で言葉がほどける。
「うん、帰ろう。」美羽は明らかにほっとした様子だった。肩の力が僅かに抜けるのが見えた。
僕と美羽は三歳のときに出会い、約二十年もの間一緒に過ごしてきた。お互いにとって一番身近な存在だった。互いの癖も、笑い方も、冬の手の冷たさも知っている。
僕たちはこれからもずっと一緒にいると思っていたけれど、今は……
これからの道は、それぞれ歩いていこう。口に出した瞬間、足元に細い線が引かれたみたいに感じた。










