第2話:歪んだ英雄たちの帰還
私は疑念を抱きつつ、一人一人に挨拶した。場の空気は甘く乾いた香水の匂いに満ち、言葉は均された表面だけを滑っていく。仕事に付き合わされる飲み会の、あの気怠さが鼻についた。気味が悪い。
その日の葛城 玄は、まるで初めて仏理を悟った新興宗教の信者のようで、延々と教義や哲学ばかり語り、かつての静謐なリーダーの面影はなかった。言葉は立派だが、魂の芯がどこか抜け落ちていた。
彼と話すと、ただただ煩わしく、すぐにその場を離れた。あの冷静な頭脳は、どこへ消えたのか。わからない。
猿渡は会長のデスクの上で模造刀を振り回していたが、この日は本部「天宮」が祝祭仕様で警備も緩んでいた。儀礼空間のため、通常の規則も一時的に停止されていたのだ。その刀は少し錆びていたが、本人は楽しそうだった。周囲の下級エージェントは唖然として見ていたが、見て見ぬふりを決め込む者も多かった。後始末の係が慌てて待機していた。
私は内心で苦笑しつつ、無表情でウイスキーのボトルを投げ渡した。猿渡は模造刀の柄で巧みに受け止めた。
「猿渡、昇進して嬉しいか?」
それはかつて猿渡が暴れた時に豪快に飲んだ高級ホテルの酒だった。祝祭の匂いと過去の血の匂いが、同じ瓶に詰まっている気がした。
猿渡は私を一瞥し、少し不思議そうに模造刀の柄で酒を押し返してきた。
「任務中は飲まねぇ主義だ。」
私は酒を受け取り、二口飲んでから投げ捨てた。瓶が砕け、琥珀色の液体が床に散った。嫌な気配がじわりと広がり、誰かが小声で後始末を指示していた。
猪熊はかつて地方支部に左遷された時、ずっと笑いものにされていた。だが、彼が神代プロジェクトに志願し、葛城とともに西域遠征へ出てからは、その笑い声は消えた。
再び聞こえたのは数日前、彼が宗教結社の「霊的供給係」に任命されたときだった。陰で“美味しい役職だ”と囁く声に、嫌な予感が首筋を撫でた。……エーテルのタンクを回して供給食を運ぶだけの係が、なぜ美味しい? 現場じゃ『給餌係』なんて呼ばれる、ただの配り屋だ。なのに――と首の後ろに冷たい汗が滲んだ。
私は近づき、彼の肩を叩いた。
猪熊とは同期であり、古くからの友人でもある。母の件でも、彼は何度も私と妹を救ってくれた恩人だ。彼の笑い声は、何度も地獄の縁から引き戻してくれた。
猪熊は青リンゴを手にしたまま、口へ運べずに固まっていた。青い果実の香りが、かえって胃を締め付ける。
肩を叩くと、彼はため息をつき、リンゴを机に戻した。
私は肩を揉み、少し痩せたのに気づき、尋ねた。
「猪熊、もう供給食に飽きたのか? 本部に戻って、俺と一緒に飲みにでも行かないか?」
私は笑って彼を見た。もし猪熊が戻るなら、私はあの人に頼む覚悟だった。組織の面子を踏み越えてでも。
だが猪熊はまたため息をついた。
「最近、食欲がない。少し霊山会本部に戻らないと……」
猪熊はどこか上の空で、やつれた顔をし、腹を撫でながら呟いた。腹の皮が、薄紙のように張り付いて見えた。
「なぜ食べられないんだ?」
私は目を細めた。
猪熊の腹は、明らかに以前より小さくなっていた……
「あとで俺のところに来てくれ。月見台まで付き合ってくれ。」
もう一度肩を叩き、平静を装って沙川のもとへ向かったが、心中はざわついていた。とても月見などできる気分ではなかったが、口にすれば彼は来ると思った。










