七度目の転生で、傲慢な令嬢は狂犬の首輪を締める

七度目の転生で、傲慢な令嬢は狂犬の首輪を締める

著者: 清水 朱音


第4話: 殺さないでという禁句

蓮が帰ってきたのは深夜だった。私は一人で庭に寝転び、桂の花が胸に降り積もっていた。夜風が肌を撫でる。

「ご主人様、なぜ部屋に入らない?」

彼は眉をひそめ、私の薄着を見て上着をかけてくれた。布の重みが安心感をくれる。

私は何も答えず、ただぼんやりしていた。

彼は何かを察したのか、温かい体で私を包み、椅子がギシギシと揺れた。

「何があった?」

蓮は私を抱きしめ、耳元で囁いた。声がやわらかい。

私は首を振り、彼の襟を掴んで体勢を変え、彼の膝の上に跨った。布の擦れ合う音が近い。

熱いキスを落とすと、蓮は驚いたように目を見開いた。

次の瞬間、彼は待ちきれないように応じ、私の唇を噛み切るほど激しくなった。呼吸が絡まる。

「初めてこんなに積極的だ。ご主人様はご褒美か?」

彼は息を荒げて私の腰を支え、すべてを受け入れた。

この体勢は少しきつく、私はブーツの先で地面を支え、腰を上下に動かした……

情が高まると、私は彼の長髪を引っ張り、無理やり頭を仰け反らせて胸にキスさせた。髪の束が指に絡む。

庭に甘い声が響き、システムはひたすら好感度を読み上げていたが、私は何も聞こえなかった。耳の中の世界が一つだけになる。

「今日のご主人様は本当に熱い。」

蓮は私を抱きしめ、髪には桂の香りが移り、心地よい。

私はしばらく黙ってから、彼の腕から離れた。

「蓮。」

「父を……殺さないでくれないか。」

彼の優しい表情が一瞬で凍りついた。

私たちはどれほど親しく振る舞っても、血の復讐が私たちの間に刺さった棘であることは、お互い分かっていた。言葉にしなくても消えはしない。

今、私はその棘をむき出しにし、私たちの間に溝を作った。空気が重く沈む。

「私は、私たちは同じ人間だと思っていた。」

沈黙の後、蓮は自嘲気味に笑った。

「やはり、君とは赤の他人なんだ、西園寺のお嬢様。」

蓮は再び『水連』に戻った。

人々は、彼が西園寺のお嬢様に見捨てられ、犬にもなれず、クラブで踏みにじられるしかないと噂した。安っぽい噂話ほど、よく広がる。

私は知っている。『水連』こそが彼の根城だ。彼を叩きのめす支配人も、実は彼のために財界人たちの情報を集めていた。裏の流れは、表と違う速さで動く。

あと一歩で、彼はすべてを掌握する。

裏路地で、私は蓮の悪口を言っていた連中を袋叩きにした。拳が骨に当たる感触は妙に冷静だ。

彼らが逃げ去るのを見送り、私はクラブの門で卑屈に頭を下げる蓮を遠くから見つめた。

彼の首には、もう私が贈った首輪はなかった。襟元の下に、跡だけが薄く残る。

「ユーザー、男主人公が見ていないところでこんなことをしても意味ないよ!男主人公の好感度……」

「黙れ、聞きたくない。」

私はもう冷たい好感度なんて気にしたくなかった。背を向けて去った。ヒールの音だけが自分の居場所を教える。

「ねえユーザー、どこに行くの?家に帰る道じゃないよ?」

「誰が家に帰ると言った?」

「今日から私は西園寺邸に戻る。」

今や正人は死に、父の他の子はまだ幼い。私が邸宅に戻ると、父はずいぶん老け込み、私への態度も柔らかくなった。皺が深くなり、声の端が弱い。

柳夫人も何も言ってこず、会うたびに陰湿な笑みを浮かべて黙って去るだけだった。視線だけが蛇のように絡みつく。

ある日、父が蓮について尋ねてきた。どうやら正人の死を彼のせいにしようとしているようだ。

「蓮を家から追い出したそうだが、また『水連』に戻ったのか?」

「……」

「前の席での騒動はもう水に流すが、あの子も可哀想だ。いっそ引き抜きして邸宅で使用人にでも雇用してやれ。桐島家にも顔向けが立つ。」

父はまるで慈愛深い年長者ぶるように言った。言葉だけは柔らかい。

私は内心で笑った。彼は蓮を身近に置いて、西園寺グループが情義に厚いと見せかけ、ついでに厄介者を始末しようとしている。自分の死期を早めるだけだ。

「やめとけ。蓮は汚れていて頑固だから、使用人には向かない。」

私は手を振って断ると、父の顔色が一気に険しくなった。表情の下の本音が透けて見える。

「言われた通りにしろ!」

「西園寺グループの御曹司が風月の場に出入りしたら、噂になるだろ?」

父は鼻で笑い、すぐに表情を隠した。

「前からよく行ってただろう?」

私は言い返せなかった。喉に砂が詰まったみたいだ。

再び蓮に会うと、彼は礼儀正しく私を部屋に案内し、すぐに退出しようとした。手の動きが無駄に綺麗。

「待て!」

「西園寺のお嬢様、ご命令は。」

彼は頭を垂れ、私を見ようともしない。睫毛の影が長い。

「父が君を後見人として邸宅に戻すよう言った。正人の死を疑っているようだ。」

蓮は冷笑し、私の胸が締め付けられた。冷たい刃でなぞられるような感覚だ。

「それは何だ、情報を流すためか?父を殺すなと言ったくせに、なぜわざわざ知らせる?」

「蓮!そんな言い方しかできないのか!」

彼が優しく言うはずがないとわかっていても、実際に棘のある言葉を聞くと腹が立った。頬が熱くなる。

「ほう、西園寺のお嬢様、どう話せばいい?」

蓮は従順さをかなぐり捨て、鋭い眼差しを見せた。

「どうせ私は汚れていて頑固で、財閥のお嬢様のご機嫌は取れない。」

その言葉に、私は怒りを飲み込み、気まずく鼻をこすった。

「情報が早いな……」

まあ当然だ、蓮は西園寺邸にも人を潜り込ませている。私と父の会話もすぐに彼の耳に入るだろう。

「私は君のために父を殺させず、代わりに後見人にしようとしたんだ!蓮、私の気持ちがわからないはずないだろう。」

「私は鈍いので、わかりません。」

「お前は……いいよいいよ、お前は汚れてないし頑固でもない、私の間違いだ。」

「ふん、私は頑固じゃないのか。」

なぜ怒っている時も平然とこんなことが言えるんだ?

私が反論しようとすると、蓮は振り返りもせず去っていった。背中に冷たい風が当たる。

あなたへのおすすめ

天女の微笑み、家族の呪縛
天女の微笑み、家族の呪縛
4.9
九州最強の剣士だった主人公は、敗北と孤独の果てに現代日本へ転生する。新たな家族と穏やかな日々を手にしたはずが、謎めいた天女信仰と町ぐるみの呪いが静かに家族を脅かす。過去の罪と愛の狭間で、主人公は再び大切な人を守るため立ち上がる。
呪われた花嫁、初夜の逆転劇
呪われた花嫁、初夜の逆転劇
4.9
夫を次々と死に追いやる“鬼嫁皇女”と呼ばれた長明は、北国の天皇との政略結婚に送り出される。呪われた運命に怯えながらも、奇妙な義母=羊や皮肉な初夜、因縁深い再会を経て、彼女の心は揺れ動く。果たして二人の運命は、死か、それとも禁断の愛か――。
千年の約束、鳳凰の影が揺れるとき
千年の約束、鳳凰の影が揺れるとき
4.8
千年ぶりに鳳凰一族に生まれた幼き緋鞠。瑞兆の光に包まれ、神々や師匠たちに溺愛されながらも、彼女は「花梨仙女の生まれ変わり」という噂に翻弄される。母の教えや一族の温かな愛に守られつつ、時を越えた過去の因縁と向き合うこととなる。龍族の宵や七人の賢者、そして花梨との静かな葛藤と対話――そのすべてが、緋鞠の心に小さな波紋を広げていく。千年の孤独と希望、遠い約束が静かに交差する中で、彼女は自分だけの答えを見つけていく。 それでも、心に残る炎は本当に癒えるのだろうか。
桜京の城壁から、何度でも君を選ぶ——転生皇女の終わらない夢
桜京の城壁から、何度でも君を選ぶ——転生皇女の終わらない夢
4.8
皇女・咲夜は、過去の痛みと後悔を抱えたまま再び人生をやり直す。側仕えの蓮との歪んだ愛、将軍家の娘・紗季との因縁、そして転生者として現れた白河湊との静かな駆け引き。運命を繰り返すなかで、愛と裏切り、選択の重さを知る。夢と現実が交錯する世界で、彼女は自分自身と向き合い、終わりと始まりの境界を歩む。最後に、現代の病院で目覚めた咲夜の心には、もう一度だけ信じてみたい誰かの温もりが残っていた。それでも、この物語は本当に終わったのだろうか。
お嬢様に飼われた七年
お嬢様に飼われた七年
4.7
幼なじみのミズキに七年間、呼べば駆けつける「便利な男」として縛られてきたタクミは、カラオケの罰ゲームのキスで嫉妬と屈辱に沈み、ついに自分に線を引く。ミズキが“仲人”のように仕向けるアヤカとの関係を受け入れ、手を繋いだ夜に甘さを知るが、ミズキのわずかな嫉妬が胸の灯を消しきれず、次の夜の震える通知が彼をまた揺らす。選ぶのは自分か、彼女の都合か——揺れる心が試される。
犬泥棒と裏切りの夜
犬泥棒と裏切りの夜
4.9
若手俳優・悠真の大切な愛犬が、深夜に元恋人でお嬢様の紗良に“こっそり”奪われた。SNSでは恋愛スキャンダルが炎上し、愛と嫉妬と裏切りが渦巻く中、悠真の心は揺れ動く。奪われた犬と、すれ違う二人の運命は――。
さよならの判を押した朝、モコと司の入れ替わりが始まった
さよならの判を押した朝、モコと司の入れ替わりが始まった
4.7
離婚届に判を押した朝、私の世界は静かに終わるはずだった。けれど翌日、元夫・神条司と愛犬モコの魂が入れ替わり、常識は裏切られたまま、再び奇妙な日常が始まる。芸能界の渦とSNSの炎上、清純派女優の裏の顔、すれ違う愛と小さな誤解――それぞれの孤独が、犬と人間の不器用な会話に溶けていく。あの日失った温もりは、もう二度と戻らないのだろうか。けれど、春の光のような誰かの優しさが、心の扉をそっと開けてくれるかもしれない。
顔を奪う婚礼
顔を奪う婚礼
4.6
鳳凰一族の姫・瑞希は、己の顔と血を従妹に奪われ、千年の恋に裏切られる。時間を巻き戻した健人がなお綾香を選ぶ中、瑞希は沈黙を刃に研ぎ、顔も縁も自分のものとして取り戻す誓いを立てる。宮廷の圧と禁宝の危険が迫るなか、彼女の一言が愛と権力の均衡を燃やし、新たな婚礼の行方を決める。
あの日の未練が導く、二度目の約束
あの日の未練が導く、二度目の約束
4.7
霜の降りる静かな朝、命の終わりを迎えた久世玲人は、己の未練とともに静かに目を閉じた。しかし祈りにも似た想いが時を越え、若き日の自分として再び目覚める。かつて果たせなかった御屋形様との約束、守れなかった家族や仲間たちの想い。その全てを胸に、玲人は再び乱世へと歩み出す。過去の悔いと新たな決意の狭間で、もう一度だけ、運命を変えることはできるのだろうか。
裏切りの桜ヶ丘巫女
裏切りの桜ヶ丘巫女
4.9
桜ヶ丘族最後の巫女・紫乃は、失われた家族と大切な麒麟を奪われ、絶望と復讐のはざまで揺れる。天界の無慈悲な支配に抗い、己の神力と誇りをかけて立ち上がる彼女の運命は、禁断の愛と裏切りの渦へ。すべてを失った少女が選ぶ、涙と怒りの決断とは——。