第4話: 殺さないでという禁句
蓮が帰ってきたのは深夜だった。私は一人で庭に寝転び、桂の花が胸に降り積もっていた。夜風が肌を撫でる。
「ご主人様、なぜ部屋に入らない?」
彼は眉をひそめ、私の薄着を見て上着をかけてくれた。布の重みが安心感をくれる。
私は何も答えず、ただぼんやりしていた。
彼は何かを察したのか、温かい体で私を包み、椅子がギシギシと揺れた。
「何があった?」
蓮は私を抱きしめ、耳元で囁いた。声がやわらかい。
私は首を振り、彼の襟を掴んで体勢を変え、彼の膝の上に跨った。布の擦れ合う音が近い。
熱いキスを落とすと、蓮は驚いたように目を見開いた。
次の瞬間、彼は待ちきれないように応じ、私の唇を噛み切るほど激しくなった。呼吸が絡まる。
「初めてこんなに積極的だ。ご主人様はご褒美か?」
彼は息を荒げて私の腰を支え、すべてを受け入れた。
この体勢は少しきつく、私はブーツの先で地面を支え、腰を上下に動かした……
情が高まると、私は彼の長髪を引っ張り、無理やり頭を仰け反らせて胸にキスさせた。髪の束が指に絡む。
庭に甘い声が響き、システムはひたすら好感度を読み上げていたが、私は何も聞こえなかった。耳の中の世界が一つだけになる。
「今日のご主人様は本当に熱い。」
蓮は私を抱きしめ、髪には桂の香りが移り、心地よい。
私はしばらく黙ってから、彼の腕から離れた。
「蓮。」
「父を……殺さないでくれないか。」
彼の優しい表情が一瞬で凍りついた。
私たちはどれほど親しく振る舞っても、血の復讐が私たちの間に刺さった棘であることは、お互い分かっていた。言葉にしなくても消えはしない。
今、私はその棘をむき出しにし、私たちの間に溝を作った。空気が重く沈む。
「私は、私たちは同じ人間だと思っていた。」
沈黙の後、蓮は自嘲気味に笑った。
「やはり、君とは赤の他人なんだ、西園寺のお嬢様。」
蓮は再び『水連』に戻った。
人々は、彼が西園寺のお嬢様に見捨てられ、犬にもなれず、クラブで踏みにじられるしかないと噂した。安っぽい噂話ほど、よく広がる。
私は知っている。『水連』こそが彼の根城だ。彼を叩きのめす支配人も、実は彼のために財界人たちの情報を集めていた。裏の流れは、表と違う速さで動く。
あと一歩で、彼はすべてを掌握する。
裏路地で、私は蓮の悪口を言っていた連中を袋叩きにした。拳が骨に当たる感触は妙に冷静だ。
彼らが逃げ去るのを見送り、私はクラブの門で卑屈に頭を下げる蓮を遠くから見つめた。
彼の首には、もう私が贈った首輪はなかった。襟元の下に、跡だけが薄く残る。
「ユーザー、男主人公が見ていないところでこんなことをしても意味ないよ!男主人公の好感度……」
「黙れ、聞きたくない。」
私はもう冷たい好感度なんて気にしたくなかった。背を向けて去った。ヒールの音だけが自分の居場所を教える。
「ねえユーザー、どこに行くの?家に帰る道じゃないよ?」
「誰が家に帰ると言った?」
「今日から私は西園寺邸に戻る。」
今や正人は死に、父の他の子はまだ幼い。私が邸宅に戻ると、父はずいぶん老け込み、私への態度も柔らかくなった。皺が深くなり、声の端が弱い。
柳夫人も何も言ってこず、会うたびに陰湿な笑みを浮かべて黙って去るだけだった。視線だけが蛇のように絡みつく。
ある日、父が蓮について尋ねてきた。どうやら正人の死を彼のせいにしようとしているようだ。
「蓮を家から追い出したそうだが、また『水連』に戻ったのか?」
「……」
「前の席での騒動はもう水に流すが、あの子も可哀想だ。いっそ引き抜きして邸宅で使用人にでも雇用してやれ。桐島家にも顔向けが立つ。」
父はまるで慈愛深い年長者ぶるように言った。言葉だけは柔らかい。
私は内心で笑った。彼は蓮を身近に置いて、西園寺グループが情義に厚いと見せかけ、ついでに厄介者を始末しようとしている。自分の死期を早めるだけだ。
「やめとけ。蓮は汚れていて頑固だから、使用人には向かない。」
私は手を振って断ると、父の顔色が一気に険しくなった。表情の下の本音が透けて見える。
「言われた通りにしろ!」
「西園寺グループの御曹司が風月の場に出入りしたら、噂になるだろ?」
父は鼻で笑い、すぐに表情を隠した。
「前からよく行ってただろう?」
私は言い返せなかった。喉に砂が詰まったみたいだ。
再び蓮に会うと、彼は礼儀正しく私を部屋に案内し、すぐに退出しようとした。手の動きが無駄に綺麗。
「待て!」
「西園寺のお嬢様、ご命令は。」
彼は頭を垂れ、私を見ようともしない。睫毛の影が長い。
「父が君を後見人として邸宅に戻すよう言った。正人の死を疑っているようだ。」
蓮は冷笑し、私の胸が締め付けられた。冷たい刃でなぞられるような感覚だ。
「それは何だ、情報を流すためか?父を殺すなと言ったくせに、なぜわざわざ知らせる?」
「蓮!そんな言い方しかできないのか!」
彼が優しく言うはずがないとわかっていても、実際に棘のある言葉を聞くと腹が立った。頬が熱くなる。
「ほう、西園寺のお嬢様、どう話せばいい?」
蓮は従順さをかなぐり捨て、鋭い眼差しを見せた。
「どうせ私は汚れていて頑固で、財閥のお嬢様のご機嫌は取れない。」
その言葉に、私は怒りを飲み込み、気まずく鼻をこすった。
「情報が早いな……」
まあ当然だ、蓮は西園寺邸にも人を潜り込ませている。私と父の会話もすぐに彼の耳に入るだろう。
「私は君のために父を殺させず、代わりに後見人にしようとしたんだ!蓮、私の気持ちがわからないはずないだろう。」
「私は鈍いので、わかりません。」
「お前は……いいよいいよ、お前は汚れてないし頑固でもない、私の間違いだ。」
「ふん、私は頑固じゃないのか。」
?
なぜ怒っている時も平然とこんなことが言えるんだ?
私が反論しようとすると、蓮は振り返りもせず去っていった。背中に冷たい風が当たる。










