Chapter 8: 第8話:闇の追っ手とレクサスのドア
工藤仁はスーツ姿で、指にタバコを挟んでいた。
煙が淡く彼の顔を包む。
久しぶりに会うせいか、妙に彼が遠い存在に思えた。
噂話のせいか、記憶が鮮明に蘇り、心の奥に得体の知れない恐怖と不安が渦巻いた。
「く、工藤さん、私に何かご用ですか?」
工藤仁は微かに笑い、ゆっくりと私の顔を見た。
「美桜、誰かを怒らせたのか?」
「東京の知り合いがな、ちょっとタチの悪い連中に金を払った。『借金の保証人になってるだろう』ってでっち上げて、お前に因縁をつける“怖がらせ役”だ。あいつらは裏社会で、そうやって人を事務所まで“お迎え”するのが仕事の連中だ。」
私は驚き、次の瞬間、恐怖が押し寄せた。
工藤仁の言い方は遠回しだったが、私にははっきりわかった。
表向きは「ちゃんと話をするために事務所まで来てください」って形にして、おとなしくついて行かせるつもりなんだろう。断れば、人目の少ない場所までつきまとってくる。
私は大阪に来て半月、誰も怒らせていない。
でも、工藤仁が無意味にこんなことを言うはずがない。
考えれば考えるほど怖くなり、知らず知らずのうちに涙が頬を伝った。
「誰も怒らせていません。」
「工藤さん、何かの誤解じゃないでしょうか?」
「誤解かどうかは知らない。ただ、相手は金をもらっているから、仕事はやる。これがルールだ。」
「工藤さん……」
助けを求めたい気持ちはあったが、どう切り出せばいいかわからなかった。
知り合い程度だし、彼は西園寺翔とも親しい。
でも私はもう西園寺翔と別れている……
「美桜、知り合いだから忠告する。最近は気をつけろ、絶対に一人にならないように。」
工藤仁はそう言うと、運転手に出発を指示した。
その時、少し離れた樹の下に、見知らぬ顔つきの悪い男たちが数人立っているのが見えた。
運転手が車に乗り込むと、その男たちはタバコを消し、こちらに歩いてきた。
私は恐怖で背中に冷や汗が流れた。
本能的に工藤仁の車のそばに駆け寄った。
車が動き出そうとした瞬間、私はまだ上がっていない窓をしっかりつかんだ。
「工藤さん、悪い人たちが追いかけてきてる……」
「怖いの、車に乗せてくれない?」
声が震え、涙が止まらなかった。
でも工藤仁は無表情で座っていた。
西園寺翔が言っていた。工藤仁は冷酷で手段を選ばないと。
私たちは何の縁もない。助けてくれる理由はない。
今夜、忠告しに来てくれただけでも十分だった。
私は濡れたまつげを伏せ、そっと手を離した。
だが、工藤仁は言った。「乗れ。」
私は驚いて目を見開いた。「工藤さん……」










