第6話:ボロ家と未来の花嫁資金
『送ってくれてありがとう、社長、一生あなたが好きです!』言い慣れたフレーズが、ひときわ軽率に響いた。
『……』小雪。沈黙の中で、彼女の唇が微妙に引きつる。
彼女は口元を引きつらせる。目は笑っていない。いや、むしろ冷えている。
『それ、よく言うの?』彼女は呆れ顔だ。この質問に、僕は逃げ場がない。
僕は泣きそうになりながら『言い過ぎて、もう口癖になっちゃいました!』自覚はある。直す気は、今はない。
昔からお世辞が得意で、おばあちゃんにも『お姉さん』と呼ぶくらい。何かもらえば人を褒めちぎる。褒め言葉は、僕にとって呼吸みたいなものだ。
年末年始に親戚を回るときも、お年玉をもらいながら『ありがとう、一生愛してるよ~』とハートマークを作る。親戚のおばちゃんにとって、僕は可愛い生き物だ。
今の僕の心は大混乱。自分から辞職するべきか、それとも社長にクビにされるのを待つべきか? 数字と感情が喧嘩している。
小雪の表情をじっと観察すると、彼女は眉をひそめ、表情が暗い。いわゆる『怒ってはいないけど感心もしていない』顔。むしろ困っている。
『社長、中に入っていきませんか?』と剥げかけたドアを指す。社交辞令の延長で、僕は招き入れの言葉を出した。半分は本気、半分は命乞い。
自分がコミュ力お化けなのは分かっているが、どうやら社長も同じタイプらしい。状況を見て、冷静に正解を選ぶ人だ。
彼女は僕の手から鍵を取り上げて、勝手にドアを開けて入っていった。迷いがない。僕は小走りで後ろをついていく。
壁のスイッチを探していると、古い配線に触れて感電した。ビリッと指先が跳ね、思わず肩が揺れた。
その瞬間、彼女の周囲の空気が凍りついた。寒気が室内を一周した気がする。
『私を招き入れるつもり? それとも命を狙ってるの?』小雪は美しい眉をひそめて言う。冗談半分、本気半分。どちらにせよ、僕の寿命は半分になる。
僕は慌てて電気をつけ、部屋の様子を見せる。スイッチは固い。光は弱い。それでも、生活の輪郭は見える。
床もテーブルもソファもキャビネットも全部古い。歴史、と呼べばやや聞こえがいい。要はボロい。
そう、僕が借りているのは古い家だ! 都心に近いのに安い、奇跡のような物件。奇跡には当然、副作用がある。
だって家賃が安いから。一か月3万円。安さに惹かれたのは僕だけじゃないはず。きっと他にもこの奇跡を信じた人がいる。
家具は全部古いけど、掃除はきちんとしている。ホコリは敵。雑巾は友達。僕は毎週末、静かに戦っている。
テーブルには生花、水槽の横には可愛い大きな猫。名前はきなこ。茶色い模様が和菓子のようで、見ていると甘い気持ちになる。
活気があって、僕は生活を楽しんでいる! 古くても、僕には十分だ。自分の空間に、自分の匂いがある。
『社会保険も家賃補助も付いているのに、月給24万円でこんなボロ家に住んでるの?』小雪は少し怒っている。怒りというよりも、心配が勝っている気がした。
僕は口をとがらせる。下唇が少しだけ前に出る。
『もちろん、貯金してるから!』貯金は未来への供物だ。僕の信念は、数字で刻まれている。
『家賃以外は全部貯金? なんでそんなに貯めるの? 借金? 学生ローン?』小雪は理解できないようだ。都会の合理と、僕の小さな偏愛がすれ違う。
僕は首を振る。『違うよ、このお金は未来の奥さん──まだ見ぬ最愛のパートナーのために貯めてるんだ!』と言ってから、頬が熱くなった。自分でもちょっと、笑ってしまう。
『じゃあ、お年玉も? 将来の嫁のため?』
『そうだよ!』即答した。昔から、僕はこういう時に迷わない。
小雪は黙り込んだ。沈黙は、たいてい何かを測っている。
僕は慌てて口を塞ぐ。口から真実が飛び出す前に、物理的に止めるしかない。
なぜか小雪の前では、いつも本音しか言えない。彼女の視線は、嘘を焼く。僕の言葉は、よく燃える。
彼女はきっと、僕が彼女のお年玉を騙し取って、別の女の子に使ったと思っている! やばい。誤解の地雷原に足を踏み入れてしまった。
絶対に小雪を怒らせたに違いない。僕の脳内アラームが一斉に鳴る。










