第4話:実家で暴かれる幼なじみの因縁
入社二か月目、母から『家に帰ってご飯を食べなさい』と電話があった。方言混じりの声が懐かしくて、胸の奥が柔らかくなる。
家のドアを開けると、目に飛び込んできたのは美人社長・高峰小雪の美しい顔。玄関に吹き込む風すら、彼女の髪のためにあるみたいだ。
黒いタイトスカートに大きなウェーブヘアで、ソファに座っている。場違いなほど上質なのに、なぜかこの狭い部屋の空気へするりと馴染んでいた。
僕は慌ててドアの番号を確認したが、間違いなく自分の家だ。心臓が落ち着くまで、二度も三度も確認してしまった。
母がキッチンから顔を出し、僕を小雪の前に連れていき紹介を始める。やめてくれ、そのテンションで僕の秘密を暴露しないでくれ……と思う間もなく、口は止まらない。
しかも僕が『コミュ力お化け』だと小雪にバラしてしまった。母の誇らしげな笑顔に、僕は観念した。親は子の不器用さを、パワーワードで飾る天才だ。
小雪は髪を整え、唇を上げて僕を見る。大人の余裕と、微かな悪戯心。僕は息を呑んだ。
実は小雪のおばあちゃんと僕のおばあちゃんは親友で、子どもの頃は同じ団地に住んでいた。団地の中庭のざわめきや、冬の朝の白い息まで、ぼんやりと思い出す。
その後、両親が仕事のために都会へ行き、僕も連れて行かれた。電車の音、ビルの光、子どもの僕にはすべてが巨大だった。
母は僕が小雪と遊んでいたと言うが、僕は覚えていない。記憶の引き出しは増え続け、古いものから順に奥へ押し込まれてしまったのだろう。
だって彼女がこんなに美人なら、絶対忘れないはずなのに! 母は嘘ばかり言う。いや、嘘じゃなくて“誇張”だ。母の物語はいつも少しだけ華やかだ。
母の紹介が終わると、再びキッチンに戻っていった。少し話してみて、今日は小雪の誕生日だと知った。僕は背筋が伸び、何かを返したくてソワソワした。
僕はLINE Payの残高を見て、今日はこれまでにもらったギフトを全部返すことにした! 僕なりの誠意だ。数字でしか示せない不器用な誠意。
小雪は僕の気持ちを見抜いたのか、ずっと笑みを浮かべていた。優しい笑顔の陰に、何か古い感情が揺れている気がした。
同僚が言っていた『ケチ』という噂、やっぱり本当かも! 節約は美徳だ。僕の辞書では、それはほとんど信仰に近い。
食事の席で両親が小雪にお祝いを渡そうとしたが、彼女は受け取らなかった。そこで僕は思い切って、ラッキーセブンを並べた七七七七円をLINEで送金した。日本人的にはゲームセンターの大当たりみたいな数字だ。縁起でもインパクトでも、とにかく彼女の記憶に残したかった。
どうせ受け取らないだろうと思ったが、なんと『受け取り完了』と通知が来て、僕はショックで倒れそうになった。数字の『完了』は、僕にとって一番重い言葉だ。
帰り際、小雪が『送っていく』と言い出し、両親は大喜び。僕も大喜び。だって彼女が僕の七七七七円を受け取ったんだから、この車に乗らない理由はない! 現金な男である。
『僕のこと、思い出した?』小雪が運転しながら聞いてきた。都心の夜景が窓の外を流れ、車内は柔らかな光に包まれる。
僕はきょとんとした顔をする。目を丸くして見返すしかなかった。頭の中は白紙に近い。
君は僕の七七七七円を奪った仇敵、それ以外に何者でもない! と心の中で呟く。もちろん、口には出さない。出さないつもりだった。
小雪は横目で僕を見て言った。視線が少しだけ意地悪い。
『子どもの頃、お正月に実家に帰ってきたとき、私の家族がお年玉をたくさんくれているのを見て、あなたは羨ましがっていた。
それでずっと私に付きまとって、お年玉を全部よこせって言ってたの。
『大きくなったら君と結婚する。一生君を好きでいる。だから僕が君の家の大蔵大臣になって、お金は全部預かってあげるよ。どうせいつか君のお金は、ぜんぶ僕の貯金箱でちゃんと守ってあげるんだから、早く預かっても遅く預かっても同じだ』って言って、私のお年玉を全部騙し取ったのよ。
帰るとき、私の手を握って泣きながら『これからのお年玉は全部隠しておけ、絶対に使うな』って言ってた。
だって、君はまた僕を探しに戻ってくるからって』。彼女の声は穏やかで、でも内容は鋭い。過去の僕、なんてことを言っていたんだ。
僕は顎が外れないように手で支える。顔面筋肉がバグを起こしたかのように震えた。
子どもの頃、そんな悪どいことをしたなんて、全然覚えていない! いや、覚えていない方が幸せだったのかもしれない。










