お年玉とギフトでつながる約束——都会の片隅で君ともう一度

お年玉とギフトでつながる約束——都会の片隅で君ともう一度

著者: 外村 慎二


第3話:美人社長と社内伝説の始まり

僕はずっと、女社長はパーマ頭で太めの中年女性だと思っていた。勝手な先入観を積み上げていた自分が恥ずかしい。

だが、目の前の女性は背が高く、ハイウエストのタイトスカートに赤いハイヒール、クールで艶やかな雰囲気を纏っていた。光の反射が彼女の輪郭をくっきりと縁取る。

離れていても、彼女の香水の香りがふわりと漂ってくる。甘すぎず、知的な香り。視覚と嗅覚の両方で、僕は撃ち抜かれた。

こんな美人社長がいるなんて、一生自慢できる! 僕のSNS脳が危険に作動する。自制心は薄い。自慢の衝動は厚い。

こっそりスマホで写真を撮ろうとしたが、シャッター音がオフィス中に響き渡った。日本のスマホの宿命。沈黙に、無慈悲な『カシャ』が落ちる。

場が静まり返り、針が落ちる音すら聞こえそうだった。僕は固まった。空気がゼリー状になって、喉が動かない。

「五十嵐、何してるの!」リーダーが怒鳴った。怒鳴り声が現実に引き戻す。心臓がドンと内側から叩かれた。

僕はすぐ立ち上がる。椅子がきしむ。口が先に開く。

「社長が美しすぎて、卒業して初めてこんな素敵な上司に出会えたので、友達に自慢したくて撮りました!」正直に言った。言い訳はしない。僕の生存戦略はいつも“正面突破”だ。

同僚たちは言葉を失い、親指を立てる者もいれば、黙って僕のために黙祷する者もいた。祈りと称賛が半々。僕は笑うしかなかった。

美人社長は耳元の髪をかき上げ、唇を引き上げて僕を一瞥した。もしかして笑ってる? ほんのわずかな口角の動きに、僕は希望を見た。

会議が終わると、僕は社長室に呼ばれた。心臓の鼓動に合わせて歩く。ガラスの壁に僕の姿が揺れて、緊張が増幅した。

美人社長はイタリア製の本革チェアに座り、僕をじっと見つめる。空間の広さが、彼女の沈黙をさらに鋭くする。

「写真を撮りたいんでしょ? ここなら誰もいないから、好きに撮っていいわよ」彼女は淡々と言った。僕の想像の斜め上。怒られると思っていたのに、許されるなんて。

怒られる覚悟で来た僕は、頭が真っ白になった。入社半月、初めて社長に会った日にこんなことを言われるなんて! 顔の血の気が引き、足元がふわふわした。

「社長、会議中にサボってしまい申し訳ありません。クビにしてもいいですが、せめてこの半月分の給料だけはください!」謝罪と生活防衛を同時に。声がわずかに震えた。

彼女が小さく笑ったのが聞こえた。短い音。氷が割れるような軽い響き。

「クビにはしないわ。撮っていいわよ」その一言で、僕の世界が再構築された。救われるとは、こういう時の言葉のことだ。

信じられない思いで彼女を見たが、どうやら本気らしい。視線は逃げない。彼女は確かなまなざしで肯定している。

そこで僕はスマホを取り出し、パシャパシャと十枚以上撮った。角度を変え、距離を変え、笑顔とクールを両方押さえる。プロ意識はないが、熱意はある。

僕、五十嵐春斗は、一躍社内の有名人となった。ガラス張りの廊下を歩くと、視線が集まる。噂は光より速い。

社長の会議中にサボって写真を撮ったのにクビにならず、美人社長の写真までゲットした。伝説は、往々にして誤解と誇張で膨らむ。今回は事実だけで十分膨らんだ。

瞬く間に会社の伝説となり、下の作業場にまで噂が広まった。エレベーターの中でも話題になり、僕は視線に耐える術を覚え始めた。

社長が戻ってからは、グループチャットでギフトを配らず、僕個人にだけギフトを送るようになった。通知音が鳴るたびに、彼女の存在が近づく。

金額は『1000円』程度、メッセージ付きで『春斗、コーヒー一杯』や『春斗、書類を届けて』など。命令とご褒美が、同じ音で届くのは妙にくすぐったい。

ギフトの通知音が鳴るたび、美人社長の呼び出しだと感じるようになった! 僕の体は犬のように反射で動く。『はい、ただいま!』が口癖になっていく。

僕と美人上司のLINEトーク履歴で一番多いのは——

「社長、愛してます!」

「社長、本当に最高です!」

「社長、一生好きです!」お世辞のインフレが止まらない。自分でも呆れる。けれど言わずにはいられない。

僕は自分の『尽くしキャラ』生活を満喫していた。入社一か月でギフトだけで1~2万円稼ぎ、猫の餌代にも困らなかった! 数字が小さいほど、幸せは分かりやすい。

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