第4話:東国評定と志郎への告白
周防譲については、激しい挑発など不要だと思っていた。御屋形様から後事を託された玲人は、周防が自分と同じ立場なら、決して一条家に父兄の築いた国土を他人に渡すことを許さないだろうと知っていたからだ。彼の矜持も、彼の弱みも、よく分かる。
だが、東国に着くと、降伏を強く勧める長老がまたしても「評定」を開き、一条家の前で玲人に挑戦を仕掛けてきた。広間に響く声は大きく、論は鋭かったが、恐れが混じっていた。
「私は聞いておりますぞ。近江の守、美濃の若君は、若いながらも聡明な御方であったとな。覇王軍が南下した折には、祖先の基業を守ろうと、身を賭して戦う決意を固めておられた……。それにもかかわらず――重臣の中には、自らの栄達ばかりを望み、主君を裏切る者がいた。覇王軍に取り入り、『降伏なされば、覇王は殿をこれまで通り近江の主としてお立てくださる』と、甘言を弄して降伏を説いたのです」
一同が息を呑む。
「だが、その結末をお忘れか? 若君は幼くして騙され、やむなく降伏なされた。ところが覇王はすぐに約を翻し、若君を遠国に流して反乱の芽を摘んだ。しかも、若君母子には即座の出立を命じ、道中には伏兵を潜ませて皆殺しにしたではありませんか。爵位や栄華を保ったのは、国を売り、主君を売った奸臣どもだけ――。あの無念を、二度と繰り返してはなりませぬ」
長老の顔色が変わる。
「長老殿は東国の重臣であり、先代の遺志を受け継いでいます。今、愚かな判断で主君を売ることがあってはなりません」
その場の空気が、ぴたりと止まった。
この一言で長老は何も言い返せず、怒りに任せて玲人を指さし「お前は人を侮辱しすぎだ」と繰り返すだけだった。指先は震え、言葉は空しく輪を描いた。
その場にいた一条権之助は、長老が若い軍師にやり込められる姿を見て、屈辱どころか痛快に感じ、玲人の言葉に心から感銘を受けた。目の色が明るく変わり、座り直す仕草に迷いが消えたのが見て取れた。
一条の反応を見て、玲人は自分の理が届いたことを確信した。しかし、いくら弁舌に優れていても、一条家に決断をさせるのは自分ではなく、周防譲が到着し、戦に勝てる自信を示して初めて決着するのだと分かっていた。理は道を開くだけ、歩ませるのは勝算だ。
やがて、山里の庵を思わせる風雅な住まいの庭先で、志郎の姿を見つけた。竹の葉がそよぎ、水鉢に落ちる雫の音が静かな庭を満たしていた。
しかし、玲人は彼を見るなり呆然と立ち尽くし、嗚咽混じりに「志郎殿……久しぶりだ。お元気でしたか?」と声をかけた。声が震え、目尻に長い歳月の影が宿る。
まだ仕官していなかった志郎は、玲人がどうして自分の住まいを見つけたのか不思議に思った。最後に会ったのは師の下で学んでいた頃で、二人とも大志を抱きつつ、それぞれの道を歩んだのだった。若木がそれぞれ別の山で根を張るように。
志郎は少し冗談めかして「玲人、君は本当に人探しが得意だな。誰が私の居所を教えたんだ?」と尋ねる。口元に柔らかな笑みが浮かび、目にはどこか探るような色が宿る。
玲人は「志郎殿の行方は、殿ご自身しかご存じない」と笑って返した。その軽い一言に、長い歳月の重みが滲む。
「いつ教えた? 夢ででも伝えたのか? 夢の通りにここに来たのか?」と志郎は首を傾げた。半ば戯れ、半ば本気の問いだった。
「夢ではなく、記憶を頼りに来たのだ」と玲人は答える。遠い記憶の糸を、たぐり寄せて辿ったにすぎないのだ、と。
志郎は困惑し、玲人は続けた。「実は志郎兄上に伝えたい大事なことがある。あまりにも奇妙な話なので、信じてもらえないかもしれない」
言葉の前に、ひと呼吸置く。
「君がそこまで真剣なら、どんな話でも信じるしかない。遠路はるばる来て、嘘をつくはずもない。話してくれ」と志郎はうなずいた。茶器の蓋をそっと外し、湯気が二人の間にたゆたう。
玲人は茶を一口飲み、さらに重々しい表情で、自分が体験した物語を語り始めた。湯の温かさが喉を通り、言葉の準備が整う。










