第3話:三つの約束と大湖決戦の策
玲人は再び江月城に戻ると、数日間眠らずに現状を整理し、兵力・兵糧・人口・城防・地形・道路・敵味方の状況を徹底的に把握した。米俵を数え、矢の本数を記し、道の泥濘の深さまで確かめた。
ある朝、玲人はすべての準備を整え、再び龍崎を訪ねた。龍崎はまだ起きたばかりで、寝間着に上着を羽織っただけの姿だったが、玲人はそんなことを気にせず、今日の巳の刻には使者が「弔問」の名目で湖畔に到着し、その船で自分も東国へ向かう予定であることを伝えた。出発前に御屋形様に詳細を報告したいと話す玲人の言葉には、急がねばならぬ焦燥と静かな決意が滲んでいた。
玲人が覇王軍の南下や東国との同盟の必要性について語ると、龍崎は最初は特に疑問を持たなかったが、玲人が城内や軍の状況、周辺の関所や要路の防備について話すと、龍崎は「玲人は江月を離れるつもりか?」と尋ねた。眉間に深い影が落ちる。
「その通りです。先ほど申し上げた一条家との同盟は、もはや一刻を争う事態です。東国は覇王軍の強大さを恐れ、人心がまとまらず、一条権之助も戦うか降伏するか決断できずにいます。我が軍が覇王軍と戦ったことを聞き、使者を江月に派遣してくるはずです。その時、私は使者とともに東国へ赴き、一条家を説得して御屋形様と同盟を結び、共に覇王軍を破るつもりです」
玲人の声は落ち着いていたが、その瞳は熱を帯びていた。
龍崎はこの案に反対し、「東国の人心がまとまらず、戦意も定まらない中、ただ一人で一条家を説得しに行くのは危険すぎる。東国の重臣たちが不満を抱き、玲人に危害を加えるかもしれない」と言った。言いながら、袖口を強く握りしめる手が震えていた。
龍崎の焦る様子に、玲人は感慨深くも、平静を装いこう答えた。
「ご安心ください。一条家や東国の将たちへの対応策は、すでに考えてあります。東国へ行っても、必ず無事に戻ってまいります。ただし、御屋形様には三つのことを約束していただきたいのです」
頼みの言葉に、かつての自分の口調を重ねる。
久しぶりに、玲人は誰かと談笑しながら軍事の要件を語ることができた。かつてはこうして語り合える相手が何人もいたのに、今や全てを一人で背負って歩くしかない。せめて今だけは、昔の自分をなぞるように、その口調や態度を真似て話す。会話の温度が、心の凍りついた部分を少し溶かしていく。
予想通り、龍崎は「三つとは?」と尋ねた。真剣な目がまっすぐに向けられる。
「まず一つ目でございます。覇王軍の南下は、すでに行き着くところまで来ています。覇王軍が東国と湖上で戦うには、船を整え、兵を水戦に慣れさせねばなりません。そうしているうちに季節は真冬となり、覇王軍の戦力は必ず大きく減じましょう。私の見立てでは、そこで覇王軍は必ず敗れます。ですから、私が東国へ向かった後は、兵と船を大湖北岸に集め、覇王軍の残党に備えていただきたいのです」
風と水の理を思い描きながら、玲人は言葉を重ねた。
「次に二つ目。私が東国へ赴き、一条家を説得いたします。そのあいだ、御屋形様は東国からの慰労や、宴席への招きには、決して応じないでください。東国の使者が来ましたら、不在と伝え、代わりに労いの品を持たせて江月へ送り返していただきたいのです」
招きに応じることが、弱みになる時もある。
「そして三つ目。旧暦十月二十日の甲子の日、御屋形様は子龍に命じて、大湖の軍営南岸に船を用意させてください。南岸の山に壇が築かれていたなら、山下の道の端で夜を待つのです。東南の風が吹き始めたら戦が始まります。その時、私はその船で戻ってまいります」
夜風の匂いまで、彼は思い出せる気がしていた。
龍崎は「玲人はなぜ戦の日時まで分かるのか? 天機を得て未来を見通しているのか?」と尋ねた。疑いではなく、純粋な驚きの声だった。
玲人は「天機を知っているのではなく、覇王軍が船を整え兵を集めるのは真冬であり、東国が勝つには火攻めしかない。真冬に東南の風が吹く日は限られています。年ごとの風向きと水位を記した古い記録をもとに、推し量ったに過ぎません」と答えた。ただ、昔からの風向きの記録と地形の癖を頭の中で組み合わせてみただけです、と淡々と付け加えた。
その後、玲人の予想通り、一条家は使者を大湖に送り、船が到着したと報告が入った。舳先に結わえた白布が、寒風の中で小さくはためいていたという。
龍崎は「玲人はまさに神のごとく先を見通す」と感嘆したが、玲人にとってはそれは喜びではなかった。どれほど先を見通せても、龍崎が兵力・兵糧・人材・城の戦力で不利な状況は変わらない。覇王や東国に肩を並べるには、大湖の決戦という一大転機を活かし、素早く領土を広げなければならない。勝利の余熱が消えぬうちに、次を取る覚悟がいる。
それは単に「未来」を知っているから成し得るものではなく、数十年後の家の運命を変えるには、今この瞬間から「未来」の運命を打ち破るしかない。決めるのは、ここでの一手一手だ。
この瞬間だけは、玲人は自分の未来の記憶に従い、使者として一条家の使者と共に東国への船に乗った。その後は、自分自身の力で、家をより明るい未来へ導く船を作り上げなければならなかった。水面を切る櫂の音に合わせ、心もまた前へ進む。
兄・玲次が東国で大将軍となり、甥の玲真も若くして東国で騎馬頭に封じられていたが、前世の玲人は東国に一度しか行ったことがなかった。しかし今回は、一条権之助をはじめ東国の俊傑たちの性格や気質を熟知していた。かつてのように若さに任せて激しい論戦を挑むのではなく、今回は百戦錬磨の軍師として、一条家の心を動かす策を用いるつもりだった。人は理だけでは動かない、情と利を秤にかけるものだ。










