あの日の未練が導く、二度目の約束 / 第2話:御屋形様との再会、終わらぬ夢
あの日の未練が導く、二度目の約束

あの日の未練が導く、二度目の約束

著者: 横山 すみれ


第2話:御屋形様との再会、終わらぬ夢

そう思った玲人は、慌ただしく着替えて江月城の住まいを飛び出した。記憶の中の懐かしい道を辿りながら、胸の高鳴りと不安が入り混じる。ある場所へと急ぐ足取りは止まらない。朝露に濡れた石畳が滑り、裾が風に煽られた。

その時の龍崎徳親は、ちょうど大きな戦乱を乗り越えたばかりだった。新野を離れて佐和山城へ、さらに大湖のほとりへと急ぐ道中は、まさに災厄の連続だった。民を連れて川を渡り、村人たちを覇王軍の虐殺から救おうとしたことで、次々と戦火に巻き込まれた。江月城まで辿り着いた者は、兵も民も十一、二人ほど。道すがら、焼け落ちた家並みや、疲れ切った子どもたちの姿が忘れられない。焚き火の煙にまみれた顔は、みな同じ色に曇っていた。

龍崎自身も、この決断が村人を救ったのか、それとも多くの命を危険に晒したのか、答えが出せずにいた。夜半、ふと目を閉じると、渡し場の水音が罪のように耳に残る。

道中、龍崎は多くの大切な人を失った――妻や娘、多くの家臣たち……。そのため、過去を振り返ることもできず、ただ未来を見据えるしかなかった。今や覇王軍は間近に迫り、近江一帯を手中に収め、江月城を虎視眈々と狙っている。江月城の兵は一、二万、いくら旧城より大きくても、覇王軍の圧力には卵の殻のように脆い。城壁の高さは心の支えにはなるが、巨潮の前では心もとない。

江月に着いたばかりの数日間、龍崎は毎朝早く目を覚まし、夜明け前には夢から飛び起きていた。眠りたいのに眠れず、目を閉じれば戦場での惨劇が蘇り、悪夢となって何度も彼を苦しめた。そのたびに、心の中で密かにこう安堵していた――「玲人や封児、それに次弟の宗一郎を先に江月へ行かせておいたから、彼らもこの災厄を共にせずに済んだ。そうでなければ、一生忘れられなかっただろう……」その安堵こそ、かろうじて残った灯だった。

だが、その日、龍崎は玲人がこんなに早起きして自分を訪ねてくるとは思っていなかった。ましてや、玲人が息を切らせ、これまでにないほど驚きの表情を浮かべているとは、夢にも思わなかった。足音の速さが、ただ事でないことを告げていた。

龍崎の記憶では、玲人は若いながらも常に冷静沈着で、城が揺れようと眉一つ動かさないほどの自信と胆力を持ち、喜怒を表に出さない人物だった。だからこそ、これほどまでに感情を露わにする玲人の姿を見て、龍崎は驚き、慌てて尋ねた。

「玲人、どうしたのだ? 何かあったのか?」

龍崎の声は、主としてではなく、友としての温かさが滲んでいた。

だが、その後の出来事は龍崎の想像を超えていた。玲人はよろめくように近づき、目に涙を浮かべながら龍崎の手をしっかり握りしめ、震える声で二文字だけ絞り出した。

「御屋形様……」

指先に伝わる温もりが、現実そのものだった。

それから、玲人はもう何も言えず、ただ龍崎の手を震えながら握り続けていた。龍崎はその様子に心配し、急いで声をかけた。

「おい、玲人! いったい何があったのだ、なぜそんなに動揺しているのだ?」

その言葉は、叱責というよりも、玲人を心から案じる響きがあった。

玲人はようやく我に返り、手を離し、心の波を抑えて、いつもの冷静さを取り戻して言った。

「御屋形様……私は……動揺しているのではなく、あまりにうれしくて、久しぶりに御屋形様にお会いできて、つい取り乱してしまいました……」

息を整えながら、額に手を当てて軽く頭を下げる。

玲人の言葉に、龍崎はほっとした様子で、人差し指を軽く振り、「まったく君は」と言いたげに口元をほころばせた。

「玲人、昨日会ったばかりだろう。どうして一晩で久しぶりと言うのだ? まさか君も悪夢でも見たのか? 話してみなさい。徳親も多少は夢占いに通じているから、夢の意味を解いてやろう」

冗談めかして、空気を和らげようとしてくれていた。

龍崎の言葉に、玲人は内心はっとした。十一年もの孤独な歳月は、まさに長い悪夢だったのではないか?

――長すぎる夜だった。

夢というものは、覚めてみてようやく、その夜がどれほど長かったかが身に沁みる。

その時、玲人は表面上は平静にこう言った。

「ただの悪夢です。目覚めれば内容も忘れてしまいます。御屋形様にご心配をかけ、申し訳ありません――」

言葉は淡々としていたが、胸の内では波が立っていた。

だが、心の中ではこう誓った。再び過去に戻ったからには、天がもう一度チャンスをくれたからには、今度こそ悪夢を好夢に変えてみせる。二度と、あの涙を無駄にしない――絶対に。

あなたへのおすすめ

お年玉とギフトでつながる約束——都会の片隅で君ともう一度
お年玉とギフトでつながる約束——都会の片隅で君ともう一度
4.8
子どもの頃、何気なく交わした「大きくなったら結婚する」という約束。その言葉は、時を超え、都会の片隅で再びふたりを結びつける。見栄っ張りでお世辞ばかりの春斗と、冷静で優しさを隠し持つ小雪。お年玉やギフト、数字でしか示せない不器用な誠意と、すれ違いながらも少しずつ近づく距離。家族や猫たちに囲まれた静かな日々の中、ふたりの関係は少しずつ変化していく。約束の重み、過去の記憶、そして新しい命の気配。——この幸せは、本当に手に入れていいものなのだろうか。
雨の日に失われた約束と、記憶の彼方で
雨の日に失われた約束と、記憶の彼方で
4.8
雨音が静かに響く夜、私はかつて救ったはずの彼女と、すれ違い続けていた。結婚という約束のもとで隣り合う日々も、元主人公の帰還をきっかけに、次第に心の距離が広がっていく。信じたい気持ちと、消えない疑念。思い出も、愛も、記憶の波に飲まれていく中で、私はこの世界に残る意味を見失ってしまった。すべてを忘れてしまう前に、本当に伝えたかったことは何だったのだろう。二人の始まりと終わりは、雨の中に溶けてしまったのかもしれない。
追い出した入り婿と、乱世を越えてもう一度手をつなぐ日
追い出した入り婿と、乱世を越えてもう一度手をつなぐ日
4.8
家を守るために入り婿の征十郎を追い出した夜、私は胸の奥に沈んだ罪悪感を抱え続けてきた。乱世の中で彼は総司令となり、再び私の前に現れる。冷たい言葉と不器用な優しさが交錯し、過去の傷と誇りが揺れる。周囲の人々や旧家のしがらみ、戦乱の波に翻弄されながらも、二人は静かに距離を測り直していく。手に残る傷跡も、互いに寄せる想いも、時を超えて形を変えていく。夕陽の宮城に影を寄せ合いながら、二人の十年が静かに始まるのかもしれない。
見先、星々の下で──母と娘、二度目の許されない約束
見先、星々の下で──母と娘、二度目の許されない約束
4.9
あの夜、団地の薄明かりの中で母のSNS投稿を見つけてしまった時から、未咲の心には静かな絶望が広がった。十八年もの間、母の愛を知らずに育った彼女は、真実を求めて鳳桐家の門を叩く。しかし、明かされたのはすり替えられたはずの運命が一度だけ正されていたという、誰も救われない過去だった。命が尽きる寸前、未咲は母に最後の願いを伝え、自らの名前を変えてこの世を去る。やがて再び生まれ変わった未咲は、二度目の人生でも母の償いを受けながらも、許しきれぬ痛みを胸に、静かに自分の道を歩み出す。母と娘の愛は、本当にやり直せるものなのだろうか。
指切りの約束は、刃のように——妹を守るために僕が選んだ復讐と赦し
指切りの約束は、刃のように——妹を守るために僕が選んだ復讐と赦し
4.9
妹がいじめの果てに自殺未遂を起こした夜、静まり返る家の中で、兄はただ祈ることしかできなかった。家族の痛みと怒り、無力感の中で、翔は決して妹を見捨てないと誓う。少年法に守られる加害者たち、冷たい大人たち、正義が報われない現実の壁。その中で兄は、法の枠内で相手に心理的な地獄を味あわせる計画を練り始める。復讐と救済の狭間で、妹との小さな約束と指切りだけが、翔の心を支え続ける。すべてが終わった後、二人の時間は再び静かに流れ始める——それでも、守るべきものは本当に守れたのだろうか。
十年分の空白と、約束の夏が遠くなる
十年分の空白と、約束の夏が遠くなる
4.7
十年分の記憶を失った俺の前に、幼なじみであり妻であるしおりは、かつての面影を消し、冷たい視線を向けていた。華やかな都心のマンション、豪華な暮らし、しかし心の距離は埋まらない。ALSの宣告と、戻らない過去。しおりの傍らには、見知らぬ男・昴が立つ。交わしたはずの約束は、現実の波に流されていく。あの日の夏の笑顔は、もう二度と戻らないのだろうか。
元カレ指導医と私
元カレ指導医と私
4.7
誤送信した一通のLINEから、元カレで今は指導医の新と再び火がつく。研修医の同居人・陸はその教え子——三人の秘密が病院と部屋を往復し、欲望と立場が絡み合う。彼のキャリアか、私の心か。タブーすれすれの綱渡りで、壊れるのはベッドか、それとも私たちだ。
千日の秘密と横浜の夜に、キラキラひかる約束を
千日の秘密と横浜の夜に、キラキラひかる約束を
4.8
共通テストが終わった春、約束していた横浜への小さな旅は、叶わぬ夢に変わった。三年間、秘密の恋を育んだ悟は、裏切りと別れの痛みに沈みながらも、卒業パーティーで交差する友人たちの思いに触れていく。誰にも言えなかった想い、届かなかった優しさ、すれ違いの中で見つめ直す自分自身。夜の海風とピアノの音色のなか、幼い日の記憶がふいに蘇る。あの時守られた“キラキラひかる”の歌声は、今も心に残っているのだろうか。
凌雲橋のほとり、消えぬ魂と約束の夜
凌雲橋のほとり、消えぬ魂と約束の夜
4.9
霞が関地下の異能者行政「高天原」で働く神代 蓮は、三年前の祝賀会でかつての仲間四人と再会した。西域遠征を経て戻った彼らは、かつての面影を失い、それぞれが異なる痛みと秘密を抱えていた。葛城の精神の謎、猿渡の失われた感情、猪熊の静かな死、沙川の慟哭——すべては霊山会と特務機関、そして見えざる上層部の策謀に絡め取られてゆく。心の奥に残る疑念と嫉妬、別れと再会の記憶。組織と己の間で揺れる蓮は、仲間とともに運命に抗い、最後にはそれぞれの選択を静かに受け止めていく。月明かりの下、すべてが終わったはずの夜に、再び小さな灯りが揺れる——それは本当に終わりなのだろうか。
君に手を伸ばすために、もう一度だけ春に還る
君に手を伸ばすために、もう一度だけ春に還る
4.8
幼い頃からエレナに尽くし、すべてを捧げてきたミナト。しかし彼女とその恋人・戸田に裏切られ、命まで奪われた彼は、ふたたび17歳の春に目覚める。過去と向き合いながら、今度こそ大切なものを守ると誓うミナトの前に、もう一人の幼なじみ・栞が静かに寄り添う。時に残酷な選択を迫られながらも、二人の距離はゆっくりと変わっていく。赦しと再生の狭間で、彼は本当に自分の願いに辿り着けるのだろうか。